第1章:悪徳勇者と、霊銀の勇者

第11話:主食は雑草でした

 リズたちの村を出発してから、早もう30日ぐらいか?


 悪徳勇者として苦渋を味わうことになった俺とフォルネシアだが、アレからはもうね?

 向かうところ敵無しだった。

 足を寄せた村々を、阿鼻叫喚あびきょうかんの渦に叩き込み続けてきた。


 多くの無辜むこの民の顔を絶望に染め上げ、たんまりと金貨をせしめることになり──そして、現在だ。

 俺たちは、とある街に滞在しているのだった。

 まぁ、村人相手のせこい稼ぎにはちょっと食傷しょくしょう気味だったからな。

 大通りの道端にたたずみ、じっと人波を眺めていた。

 何をしているかと言えば、当然獲物の物色だ。

 さてはて。

 次の哀れな犠牲者はどいつにしてやろうかね?

 俺とフォルネシアは舌なめずりをして、行き交う雑踏に目を細め続ける。

 んで、


「……ぬわー」


 俺は腹を押さえつつにうめき声を上げるのだった。

 いやね?

 別に大した意味は無いのだ。

 お腹はぐぐぅと切なげに鳴いていたりするのだが、本当別に大した意味は無い。

 俺の隣ではフォルネシアがうずくまっているが、そこにも深い意味は無い。

 

「……ひもじぃのぉ。ひもじぃのぉ」


 悲しい目をしてそんなことを呟いているが、うん。

 道中まったく儲けが得られなかったとか、そんな話に通ずるものでは無いはずだ。

 まぁ、不思議と財布の中身は空っぽだけどね。

 おかしいね。

 どこかで落としちゃったかな?


 とにもかくにも、必要なのは仕事だった。

 何か1つ仕事を果たして、なんとか日銭を稼がなければならない。

 空腹感はもはやわびしいを通り越して痛いぐらいだし。

 どうにかして仕事を得なければならないが──


「おっと? 誰かと思えば、ウチに泊まっている兄ちゃんたちか」


 俺は声の方向に振り向くことになった。

 そこにいたのは、軽く目を丸くしている髭面ひげづらのおっさんだ。

 顔見知りだった。

 俺たちが世話になっている酒場兼宿屋の店主殿だ。

 彼は編みカゴを背負っており、そこには様々な野菜が一杯に詰め込まれている。

 どうやら市場からの帰りのようだが、まぁ、そこはともあれだ。

 店主殿は俺たちの懐事情をご存知であってだな。

 彼はからかうような笑みをその髭面に浮かべた。


「その様子じゃ、仕事に恵まれてないらしいな。ははは、一体どんな探し方してんだ? 少しでも戦えるんだったら、仕事なんていくらでもあるだろうにさ」


 なんともざっくばらんな、勇者様を前にしているとは思えない発言だった。

 まぁ、そう名乗っては無いからだけどね。

 俺とフォルネシアは、普段は一介いっかいの傭兵で通しているのだ。

 のべつまなく名乗りまくって、教会に目をつけられると困るし。

 あと、勇者と名乗って気を遣わせちゃうのはなんか申し訳ないし。


 ともあれ、店主殿の言う通りだった。

 世間では魔物の氾濫はんらんが大問題なのだ。

 選ばなければ、そりゃ仕事なんてやりたい放題に違いない。

 だが、


「俺たちにも都合ってもんがあってな。その辺りが難しいんだよ、本当」


 俺はこらえきれずため息だった。

 本当、そこが問題なんだよなぁ。

 困っている連中なんていくらでもいるんだが、俺たちは悪徳勇者。

 悪徳の出番がなければ動くつもりになんてなれないのだ。

 この街とか、近辺の村々ってけっこう裕福だからなぁ。

 多少ふっかけてやっても、お金で解決出来るなら喜んでって反応しか返ってこないし。

 なんかこうね。

 難しいのだ。

 憎まれつつに大金をせしめる。

 これを実現出来る機会になかなか恵まれないのだ。


 ただまぁ、この辺りの事情を店主殿はご存知無いからな。

 彼は呆れたように肩をすくめた。


「お高く止まってんなぁ。ウチの宿代すら払えん連中の言葉にはさっぱり思えん。なんだ? ゴブリン退治なんかは俺様の仕事じゃないってか?」


「い、いやまぁ、そういうり好みをしてるわけじゃないが……」


「いいから、ほら! ウチで働け、ウチで。どうせヒマなんだろ?」


 そうして、彼は背にある編みカゴを見せつけてきた。

 彼は笑顔だった。

 なかなか迫力のあると言うか、押しの強めの笑みだった。

 まぁ、冗談じゃないだろうからなぁ。

 儲かるとあって、昨今さっこんの流行りは傭兵稼業なのだ。

 おかげで商い界隈はけっこうな人手不足らしく、店主殿もその例に漏れないらしかった。

 ただ、酒場の下働きなんかは悪徳勇者の仕事じゃないからなぁ。


「そういうのはちょっとお断りでな。悪いな」


 申し訳ないがお誘いには乗れないわけだ。

 ただまぁ、店主殿は面白くなさそうだった。

 けっ、なんて不満げな声を漏らした。


「あー、そうかいそうかい。酒場の手伝い風情ふぜいなんてやれませんってか」


「ははは、別にそうは言ってねーだろ」


「そうとしか聞こえねーよ。テメェみたいなのはアレだ。くだんのドラゴンにでも焼かれて、身の程を知りゃあ良いのさ」

 

 彼は心底つまらなそうな顔をして立ち去ろうとするのだった。

 だが、うん。

 気になる言葉があったからな。

 俺は思わず店主殿を引き止めることになる。


「ちょっと待った。例のドラゴン? なんじゃそりゃ?」


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