第4話:マジの方々

 俺は思わず注視することになる。


 多分、かしらなのかね?

 少女の前に立ちはだかった男は、見るからに周囲の連中とは違った。

 身長も肩幅の広さも、立派って言うよりかは気味が悪いほどだな。

 で、目を引くのはその目つきだ。

 暴力に慣れきった者特有のって感じだろうか。

 爬虫類のような、冷たく無感情な目つきをしている。


 そいつはニヤリだ。

 少女に対して面白がるような表情を見せた。


「おいおい、順番がおかしいんじゃねぇのか? 金は? まずはそれが先だろ?」


 少女は肩を震わして声を上げる。


「お、お金……お金はその……」


 彼女は振り返ってきた。

 その懇願こんがんに近い眼差しは、俺の手元に向けられている。

 そこにあるのはもちろんアレだ。

 金貨の詰まった革袋。

 男もまた革袋を見つめてきた。

 その上で、目を細めた嘲笑を浮かべた。


「ふん。そりゃそうだわな。そんなお人好しがいるわけがな。おい、アンタら!」


 男の表情は目まぐるしかった。

 先ほどの嘲笑は今は無く、どこか楽しげな笑みに変わっている。


「聞いたぜ。勇者のクセに、足元見て報酬をむしり取ったんだってな。ははは、いいね。ずいぶんとまぁ、良い仕事をしてるじゃねぇか」


 俺はとりあえず腕を組むことになった。

 お褒めに預かり恐縮ではあるがな。

 それよりも、俺の頭にあるのは疑問の思いだった。


「あー、初めましてだが、何だ? アンタさんたちは何だ? で、これはどういう状況だ?」


 隣に立つ相棒も同様の疑問を抱いていたらしい。

 フォルネシアが大きく首をかしげる。


「どう見てもカタギというわけではあるまい。お前さんが頭領か?」


 俺たちの問いかけに、男はニヤリとした笑みを見せた。


「カタギじゃねぇとは心外だな。まぁ、頭領は俺だが、やってることは至極真っ当だぜ? なにせ、領主さまの代わりを務めてやってんだからな」


 正直、意味不明だったのだ。

 俺は眉をひそめて疑問の声を上げることになった。


「は? 領主様の代わりだ?」


「そうさ。忙しくて忙しくて仕方がない領主さまの代わりにな。俺たちがこの辺りの村を魔物や山賊から守ってやってるのさ」


 男──頭領は不敵な笑みでそう告げてきた。

 俺は「ふーむ」と漏らすことになる。

 なるほどなるほど。

 それはまた見下げ果てたような善行を……とは、さすがになぁ?

 咄嗟とっさに革袋を見下ろすことになる。

 察して余りあるわな。

 300万エゼルもの大金が、何故この村に用意されていたのか?


「……みかじめ料っつーことか。かなり良い目を見ていたみたいだな?」


 頭領はことさらに愉快げだった。

 楽しげに笑みを深めて見せてくる。


「言い方が悪いっての。俺たちだってかすみを食って生きてるわけじゃねぇんだ。必要な手間賃をいただいているだけさ」


 これまた額面通りには受け取りようがない。

 少女の様子がそう物語っていた。

 彼女は殺意すら漂わせて頭領をにらみつける。


「嘘っ!! 山賊はアンタたちだし、魔物なんて見て見ぬふりで……っ!!」


 俺は頷きだった。

 だろうなぁ。

 まず間違いなく、この連中は山賊ないし街のゴロツキくずれなのだろう。

 そんな連中が領主が手一杯なのをいいことに、近隣の村々を搾取している。

 これが事実なんだろうな。

 んで……彼女はその蛮行の犠牲者ってわけか。

 俺は血を流している女村長をチラリとうかがう。


「するとまぁ、アレか? 徴収しに来たのに金が無いって、そうアンタらは怒っているわけか?」


 頭領もまた女村長を横目にする。

 酷薄な笑みを頬に浮かべる。


「そりゃあなぁ? 用意しとけっつったのにコレだ。契約違反ってこった。そりゃ俺たちが怒るのも仕方ないだろ?」


 そして、何を思ったのやら。

 アイツは突然「ははは!」と笑い声を上げた。


「あー、心配はいらねぇからな? 別に、アンタらにゃあ怒っちゃいない。まぁ、いけすかないヤツらだったら話は違ったが、安心しな。その金はお前さんたちのもんだ」


 俺はまたまた「ふーむ」だった。

 それは何とも器の大きい物言い……って、わけでもなぁ?

 おそらく余裕があるのだ。

 300万にこだわる必要が無いほどに、連中は村々を搾取して回っているのだ。


 ただ、それだけじゃなさそうか?

 不意に、頭領の顔には妙になれなれしい笑みが浮かんだ。


「で、恩を着せたからって話じゃ無いが……どうだ? アンタら、俺たちと手を組まないか?」


 俺は一度「ん?」と首をひねることになった。

 えーと、手を組む?

 それはつまり、


「……俺たちに、お前らの仕事を手伝えって言ってんのか?」


 多分、そういうことであり、その理解は正しいらしい。

 頭領は相変わらずの笑みで頷きを見せる。


「Dランクだっけか? それでも、ここらの魔物を始末出来る実力はあるようだし、なにより勇者さまだからな」


「色々と役立つところがあるってか?」


「あぁ。それでいて馬も合いそうだ。どうだ? 分け前はもちろんはずむぞ?」


 俺はフォルネシアと顔を見合わせることになる。

 悪くは無い話だよな。

 こんな悪辣あくらつな所業に加わることが出来るのだ。

 悪徳勇者としては、一も二もなく頷くべき話だ。


 ただ……こ、この子がなぁ。

 俺たちは2人して彼女を見つめることになる。

 相手はもちろん村長の娘だ。

 彼女はすがるような眼差しを俺たちに向けてきている。

 きっと祈っていることだろう。

 目の前の2人組が、ごろつき共に加わるような悪人では無いことを。 

 自分たちに手を差し伸べてくれる善人であることを。


(で、でもなぁ……?)


 俺は眉間にシワを寄せざるを得なかった。

 少女の気持ちは分かる。

 その願いは非常に理解出来る。

 だが、決めたのだ。

 搾取される善人であるよりも、搾取する悪人であれ。

 都合の良い優しい人にはならない。

 そう固く決意したのだ。


 フォルネシアもきっと同じ胸中だった。

 悩ましげではあっても、確かに頷きを見せてくる。

 では、そういうことだ。

 俺たちの選択は当然そうなるのだった。


「……く、くくく。そうだな。実に良い提案だな?」


 これが頭領である男への返答となった。

 そして……う、うん。

 少女の顔が絶望に歪む。

 一方で、アイツの顔には満足げな笑みが浮かんだ。


「ははは、そりゃ良かった。じゃあ、早速だ。働き始めってことでな、そこの女を始末してもらってもいいか?」


 アイツは女村長を指差している。

 俺は思わず「へ?」と唖然と呟くことになった。

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