第3話:やはり異変
俺は革袋を見つめる。
そこに収まっているのは300万エゼルにもなる金貨なのだが……これがなぁ?
俺に色々と考えさせてくれやがると言うか。
裕福な街であれば集めることに大した苦労は無いだろう。
丸一日もあれば、これ以上の金額を集めることだってさして難しくは無いはずだ。
だが、この村程度では違うはずなのだ。
10日も20日もかけて、必死に金策に走ってようやくの金額のはずだ。
ところが、この村にはそんな様子は無かった。
かき集める様子もなくこの金額を支払ってきたのだ。
あらかじめ用意してあったって感じだよなぁ。
これがまず気になるところであり、さらには村長の態度だった。
この村は気の強そうな女村長が治めているのだが、問題は彼女の態度だ。
300万を引き渡す時の態度である。
彼女は妙に淡々としていた。
そう言わんばかりの力無い様子だった。
俺は眉をひそめざるを得なかった。
い、嫌な予感がするな。
この村には絶対何かがある。
その何かがきっと──そう、きっとだ。
いつも通りにである。
いつも通りの不幸を俺たちに運んできそうであり……
「や、ヤナ? そろそろ……な?」
きっと俺と同じようなことを考えていたんだろうな。
不安の表情をしてフォルネシアがそう
そろそろ村を出ようということに違いなく、そ、そうだな。
「よ、よし。出るか」
代金の確認をする手間も惜しかった。
多すぎるだろうが、俺は金貨を1枚残して席を立つ。
急がないとヤバい。
そんな直感に従って、俺はフォルネシアと共に足早に出口へ──
「ゆ、勇者さまっ!!」
向かっての途中である。
俺はフォルネシアと一緒に立ち止まることになった。
酒場の入り口だ。
1人の少女が立っていた。
見覚えはあった。
女村長の娘だ。
栗色の髪をした、10代前半だろう大人しそうな少女だ。
普通の様子では無かった。
肩は隠しきれず震え、顔は蒼白になっている。
「「……うわぁ」」
俺はフォルネシアと真顔でうめくことになった。
やっぱりと言うか、うん。
どうにも簡単にはいきそうには無いが……い、いやいやっ!
いつも通りなんて、そんなのは絶対に御免だった。
よって、とにかくである。
待ち受ける何かに俺は全力で
「ど、どけ! 俺たちはもう村を出るんだ! 邪魔すんな!」
「そ、そうじゃ! 邪魔するで無いわ!」
フォルネシアと共に前に出る。
立ちふさがる少女の脇を通り抜けようとする。
ただ……そ、そうなるよなぁ。
それを彼女は許してくれなかった。
村長の娘は、必死の形相で俺にすがりついてくる。
「ま、待って! 待って下さい! お願いです! 話を聞いて下さい!」
俺は思わず「うっ」と漏らすことになった。
悪徳勇者なのだ。
俺は残虐にして無慈悲なる悪徳勇者であるのだ。
ただ、ちょっとね?
ちょっとだけだが、か細い少女を強引を振り払うってのはね?
ためらいが正直あると言うかなんと言うか。
(ふぉ、フォルネシア……っ!!)
俺は視線で相棒殿に助けを求めるのだった。
冷酷なるダークエルフである彼女であればそうだ。
この局面をきっと打開して……くれなそうだね。
俺と似たようなものだった。
少女の必死の様子に、フォルネシアはあわあわと立ち尽くしてしまっている。
そして、
「お金を! そのお金を私に……っ! 絶対に返します! 返しますから!」
少女の訴えを許してしまったわけだな、はい。
(き、気になる……)
それが正直なところだった。
めっちゃ気になる。
絶対に何かあったのだ。
少女が血相を変えて金貨の袋を求めなければいけないような何かがあったのだ。
もちろん、何が起きていようが俺には関係は無い。
同情など百害あって一利無し。
悪徳勇者として、少女の訴えなど鼻で笑ってしかるべきだった。
(で、でもまぁ?)
俺は涙すら浮かべている少女を見つめる。
ちょいと考える。
ま、まぁ、ね?
話を聞くぐらいはね?
悪徳勇者であっても良いんじゃないかな?
聞くだけ聞いて、最後に「で?」と鼻で笑って切り捨てる。
そっちの方が、悪徳勇者の行いとしてふさわしいんじゃないかな?
なんか、それっぽいんじゃないかな?
そういうことにしておくことにした。
俺は少女の肩をつかむ。
目線を合わせて問いかける。
「あぁもう、落ち着け! 何があった? とにかく、それを言ってみろ!」
「そ、それが良かろう。とにかくな? まずは落ち着いてな?」
フォルネシアもまた悪徳勇者的な観点からだろうな。
冷静に説明することを求めたのだが、それが出来る状況では無いらしい。
少女は俺につかみかかるようにして叫びを上げてきた。
「お、お願いですから! そのお金が無いと母が……っ!!」
俺は軽く首をかしげることになった。
お母さん?
それはもちろん、少女の母親であり村の村長のことになるだろうけどさ。
その彼女に何かあったのか?
もちろん詳細を尋ねようとした。
だが、その直前だ。
女性の悲鳴が耳に届いた。
それは酒場の外からのものであり……少女が血相を変える。
「お、お母さん!?」
彼女は転がるようにして酒場を飛び出していった。
俺は思わずフォルネシアと顔を見合わせる。
一応、これで俺たちは彼女から解放されたわけだ。
ただ、うん。
これで終わりってわけには……ね、ねぇ?
頷きを交わす。
2人で慌てて追いかける。
酒場の外は、すっかり夕暮れに赤らんでいた。
その中にえーと、20人ぐらいか?
多くの人影があった。
男ばかりだが、この村の人間じゃないだろうな。
やたらと荒んだ雰囲気を漂わせていて、真っ当に生きている人間にはとても見えない。
(……わーお)
もうなぁ?
もう厄介事の匂いしかしないよなぁ。
つーか、そのまんまの状況か。
俺たちの目の前には、追いかけていた少女の背中があった。
その背中の向こう側には……まぁ、そういうことか。
男たちに囲まれるようにして、女村長がいた。
頭から血を流して、地面に膝を突いていた。
案の定だが、なにか揉め事であるらしい。
しかし、だ、大丈夫か?
俺は女村長の様子に眉をひそめることになる。
あまり良い状況には見えなかった。
出血がひどいのだが、それ以上に表情が心配を呼ぶものだった。
意識半ばといった様子で、ぼんやりとうつむいている。
「お母さんっ!!」
当然、彼女の心配を呼ぶものでもあったらしい。
少女は慌てふためいて女村長に駆け寄ろうとする。
だが、それは果たせなかった。
1人の男が彼女の前に立ちはだかったのだ。
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