第2話:偽りの勇者

 俺は気付いたのだ。

 

 色々と……そう。

 あまり思い出したくないことが色々とあって気づくことになった。


 善意、善行などには何の価値も無い。

 ただのすきなのだ。

 そんなものに手を染めたところで、つけこまれ、しゃぶり尽くされるのがオチなのだ。


 彼女──フォルネシアもそうであった。

 同じ境地にある同士だ。

 そこまで詳しいことは知らないが、あちらも色々とあったらしい。

 俺と同じように、善行に強い嫌悪感を抱いている。


 よって、2人で行っているのだった。

 善行の真逆に位置する所業。

 つまるところの悪徳を、だ。


「……ふふん。しかし、ちょろいもんだな」


 俺が思わず愉悦ゆえつをもらすと、フォルネシアは二マリと笑みを見せてきた。


「くくく、そうだのぉ。まさかこの程度でな」


「あぁ、そうとも。ゴブリンにオークを蹴散らしてた程度でこんな……くくくく」


 俺は革袋をなでる。

 そこにあるゴツゴツとした金貨の感触を楽しむ。


 これは討伐の報酬だった。

 ゴブリンとオークの群れを始末しての成果だ。

 もちろんのこと、ただの成果では無い。

 悪徳の成果だった。

 重要なのは報酬の額だ。

 ざっと300万エゼル。

 一般的な魔物退治の相場は、せいぜい20から30万エゼルである。

 つまり10倍だ。

 相場の10倍にもなる金額が、この革袋には詰まっている。

 

 まぁ、アレだ。

 足元を見てむしり取ってやったのだ。

 

 昨今さっこん、世界は魔物の被害で溢れていた。

 原因なんて知らないし、そこは正直どうでも良い話だな。

 重要なのは、世界中で魔物の討伐が必要とされている事実だ。

 んで、さらに重要な事実として、人手はまったくもって足りていなかった。

 王家やら領主やらも、膨大な数の被害にまったく手が回らなくなっていた。


 この村もそういうこった。

 魔物の被害に苦しみ、しかし救いの手を得られてはいなかった。

 人や作物に相当な被害が出ていたようなのだ。

 法外な報酬にも、頷く以外の道が無かったって話だな。


(とは言え……くくく)


 俺は干し肉を噛み締めつつにほくそ笑む。

 本当、とは言え……だ。

 いくら魔物の被害に悩んでいたとは言え、300万は普通あり得なかった。

 ここに俺たちの真骨頂しんこっちょうがあった。

 俺たちの誇るべき大きな悪徳がな。


「……クソどもが」


 俺は思わず声の方向を追うことになった。

 声の主は、酒杯をかたむけていた内の1人だ。

 中年の男性であるが、彼は殺気すら漂う目つきで俺たちをにらみつけてきている。


「村の大事な金を根こそぎ奪いやがって……テメェらには人の心が無いのかよっ!」


 怒声はこれで終わりでは無かった。

 彼を皮切りにして、周囲の村人たちが罵倒を叫んできた。


 小さな酒場だ。

 10人ほどの叫びであっても嵐のように響く。

 ただ……ねぇ?

 俺はフォルネシアと共にニヤニヤと笑みを浮かべ続ける。

 まぁ、そりゃあな。

 罵声なんて、俺たちにとっては褒め言葉に等しいからな。


 ただ、じっくり酒を楽しむには正直よろしくは無い。

 ということで……くくく。

 俺が目線を送ると、フォルネシアはニヤリとして頷きを見せてきた。

 相棒の賛同は得られたのであり、ではご登場願おうかね。

 大金をせしめることが出来たもう1つの理由。

 俺たちの偉大なる悪徳にひと働き願うとしようか。


 俺はふところに手を入れる。

 もったいぶって1枚の羊皮紙を取り出し、彼らに見せつけてやる。


「何やら色々言いたいことがあるようだが……いいのかねぇ? この俺たちに……勇者さま御一行ごいっこうにそんなやんちゃに振る舞ってなぁ?」


 フォルネシアもまた同調してきた。

 ニヤニヤしながらに、彼らに対して羊皮紙を指差す。


「そういうことじゃな。まさかのぉ? 我らにそのような口を聞いて、はたして教会がどう思うか? 分からぬものかのぉ?」


 効果はテキメンだった。

 彼らは「ぐっ」と言葉をつまらせた挙げ句、悔しげに酒杯に目を落とした。


 ふふん、だった。

 俺は彼らを鼻で笑った上で羊皮紙に目を向ける。

 相変わらずの威力であり、さすがだな。

 Dランクの勇者であることの証明書。

 なんとも役に立ってくれるもんだ。


 勇者という存在がある。

 教会に任命され、国境に関わらずの救済を行う変人たちのことだ。


 その変人たちの持つ影響力は非常に大きかった。

 なんと言っても、アイツらを任命する教会の実力がとんでもないのだ。

 この大陸において、かの信仰を採用していない国は無い。

 権威、権力は絶大の一言。

 誰もが勇者と、その背後にある教会には平伏へいふくするしかなかった。


 だからこその300万だった。

 教会に楯突けば何があるのか分からない。

 法外な要求であっても、この村の連中は頷かざるを得なかったのだ。

 

(しかしまぁ、かわいそうに)


 俺は思わず同情の視線を周囲に向けることになる。

 正直、哀れだった。

 偽物なのだ。

 精巧ではあるが、この証明書はただの偽物。

 俺とフォルネシアは勇者でもなんでも無い。

 当然、教会とも何の関わりも無い。


 もちろん、俺は同情はしても悪徳を悔いるつもりは欠片も無かった。

 羊皮紙をしまった上で、あらためて金貨の袋を見つめる。

 最高だった。

 やはり悪徳は最高だ。

 こうして成果が上がるのだ。

 300万もあれば、2人で1年は楽に暮らせるのだ。


 俺は自然と嘲笑を浮かべることになる。

 やっぱ、クソだな。

 善行なんて、本当クソだ。

 称賛、感謝、そんなものに一体何の価値があるのやら。

 現実はこうだ。

 こうして怨嗟えんさの最中にこそ、幸せは存在し得る。


「くくくく。まったく良いもんだ。なぁ、フォルネシア?」


「そうじゃな。くくく、くくくく………」


 2人して笑い声をもらし続ける。

 最高の成果に、最高の気分。

 俺は給仕の女を呼びつけ、酒杯にエールをなみなみと注がせる。

 そして、周囲に見せつけるように気持ちよく飲み干し──


(……しかしだな)


 どうにも真顔になることになった。

 いや、うん。

 最高の状況ではあるのだ。

 悪徳勇者として、最高の状況であることは間違いないのだ。

 ただ、ちょっと事情があってだね。


 実は、 多少気になるところがあったのだ。

 この討伐について、この村について。

 俺はじっと卓上の革袋を見つめる。

 300万エゼル。

 そう、300万エゼルの大金なのだ。

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