嫌そうな顔もアイドルのお仕事

うたた寝

第1話



「もっと嫌そうな顔できる~?」

 カメラマンが奇妙な要求をしてくる。何だ? 嫌そうな顔できるって。カメラマンなんだから被写体に嫌そうな顔をさせないように頑張ってくれよ、と木陰こかげは思うが、とりあえず注文通り嫌そうな顔をしておくことにする。

 女性アイドルグループのメンバーの一人として活動している木陰は新曲のCDの特典に付ける写真の撮影を行っていた。大体この手の写真だと3パターンくらい写真を撮るのだが、最近決まって1パターンは嫌そうな顔を要求されるようになっていた。

 一応誤解の無いように言っておくが、木陰が所属しているアイドルグループはそういう嫌そうな顔を売りにしているわけではない。他のアイドルグループ同様に基本的にはニコニコ笑顔を振りまくのがお仕事である。嫌そうな顔を要求されるのは木陰だけ。他のメンバーは笑顔やキメ顔などは要求されど、嫌そうな顔の要求などされていない。

 では何故木陰だけ嫌そうな顔を要求されているのか。話は前回発売したアルバムへと話は遡る。アルバムの特典に付けるブックレット。そのブックレットにはアルバム作成時のメンバーの写真がこれでもかと詰め込まれているのだが、その詰め込まれた写真の中に、木陰がアイドルらしからぬ嫌そうな顔をして写っている写真が紛れ込んでいたのである。

 紛れ込んでいた、と表現はしたが、ミスではない。ブックレットに載せる写真を選定している際、その写真を見つけたスタッフが面白がって入れたらしい。おかげで熱狂的なファンなのか、アンチなのかよく分からない一部の人に木陰は叩かれたのだが、思いのほか炎上はしなかった。なんか木陰のキャラクター的に許されたらしい。

 大部分のファンからは『木陰らしい』ということで好意的に受け止められていた。何だ、『木陰らしい』って。炎上より人気の火付けとなったので良かったと言えば良かったのだが、一体どういうキャラだと思われていたのだろうか?

 一部コメントで、『仕事中だぞ、ちゃんとやれ』というスタッフみたいなお小言も貰った。正論だとは思うが、木陰はこのコメントに反論がある。あの写真、そもそも仕事中に撮られたものではない。

 休憩時間中、メンバーの一人が『これカゲ(木陰でカゲ)の嫌そうな踊りだね~』と話し掛けてきた。木陰から言わせば、何でお前はあんな楽しそうにノリノリで踊ってんだ、と思わなくもない。

 今回の曲のコンセプトが『女性らしさ』ということもあってか、まぁー女性らしさをアピールする振り付けが多い。言葉を選べば艶やか、選ばなければエロい振り付け。踊っている最中はまだいい。あれは自分であって自分でないと思っている。曲の世界観を演じている、とでも言えばいいか。しかし、後で冷静に自分で見返した時に大変恥ずかしい。衣装も普段より露出が多め。人様におへそを見せるなど恥ずかしく、休憩中はずっと上着を羽織っている。

 嫌そうだね、と言われたので、その場のノリで嫌そうに踊ってみたところ、そこを写真に撮られた、もとい、盗撮された、というわけである。盗撮して身内でその写真を楽しんでいるならいいと思うが、何故あれを購入者全員が見るブックレットに入れ込んだのか。会議の際にみんな酔っ払っていたとしか思えない。

 以来、この嫌そうな顔が地味にバズっている。先ほどのように写真撮影時に求められることもあれば、木陰たちが持っている冠番組で木陰が嫌そうな顔をするというコーナーまでできた。SNSのアイコンに木陰の嫌そうな顔をしている写真を使っている人も居るし、握手会などで嫌そうな顔をして、と言われることまで増えてきた。

 いや、CD買って、交通費掛けて会場まで来て、決して短くは無い列に並んで、それなりの時間を待って握手できる数秒に嫌そうな顔されて嬉しいのか? と木陰は思うのだが、して、と言われる以上するようにしている。『はぁ~……っ!!』と皆様、恍惚の笑みをお浮かべになられるので、ご満足頂けているようではある。あと、なんか地味に、嫌そうな顔された後に笑顔でバイバイとお見送りされるのがギャップがあって堪らないとのことだった。

 地元近くで握手会が開催される時など、木陰の友人たちが木陰の嫌そうな顔をプリントしたTシャツを着て、木陰の嫌そうな顔をプリントしたうちわを持って冷やかしに現れる。事務所に無断で作っているだろうから、後で文句を言ってやろうと思う。

『嫌そうな顔してくださ~い!!』と友人たちも要求して来るが、木陰はその時決まって無表情で返している。客を区別するなよ~、と友人たちに怒られるが、ハッキリ言おう、客の区別はする。プライベートでお前らには散々素の嫌そうな顔を見せているハズだ。

 木陰がアイドルになったと聞いた時、友人たちは皆驚いたものだった。リアルにずっこけた者や顎を外した者まで居る。それはそうだろう。どちらかというと彼女はアイドルをくさす側の人間だった。周りにアイドル好きが多かったから、そこに対する反抗心もあったのかもしれない。周りにアイドルグループをおすすめされてもひたすら無視をしてきて、アイドルに触れないまま過ごしてきた。

 そんな木陰がアイドルになったものだから、周囲の友人たちが驚くのは当たり前のことだった。だが、一番驚いているのは他でも無い、彼女自身であった。

 書類選考通過のお知らせ、という手紙が木陰宛に家に届いた。彼女は思った。『は?』と。何だこれは? 詐欺か? とも疑ったが、犯人はすぐに分かった。手紙を見て固まっている木陰に向かって母親が、『あら? 受かったの?』と言ってきたからだ。

 何とこの母親、身内に有名人が欲しい、という大変身勝手な理由で自分の娘を色んなオーディションに勝手に応募するという暴挙を繰り返していたところ、何と今回初めて書類選考が通ったらしい。

『貴女の顔じゃダメなんだと諦めかけてたわ~』と勝手に応募して勝手に落選させといて好き勝手なことを言ってくれるので、『母親の顔が顔だからね』と、母親の胸にグサァーッ!! と刺さる鋭利な一言を放っておいた。まぁ、言っておいて何だが、木陰自身も何で通ったんだ? と思わんではない。

 一次選考の日程のお知らせが来たが、木陰は行かない、と頑としてごねたのだが、せっかく受かった母親はどうしても行かせたかったらしく、お小遣いをあげる、という甘言に唆され、木陰は一次選考へと参加することになる。

 まぁ、選考に時間は取られるが、お小遣いも貰えるし、ついでに観光もできる。くらいに木陰は軽く考えていた。選考など受かるわけないと思っていたのだ。しかし、予想に反して彼女はどんどん選考に受かっていく。木陰は思った。え? 何で? と。

 木陰にとっては誤算なことに、木陰の『受かる気が無い』という姿勢は不思議と審査員からは好評であった。というのも、オーディションに応募しているくらいだから当たり前だが、みんな受かることに必死だ。私が、私が、とみんなが自分のアピールに必死になる中、一歩引いて周りのアピールを手伝える木陰の存在は審査委員からすると新鮮で、『あ、この子は自分の利益だけじゃなく、周りの利益も考えられる子なんだ~』と好意的に受け止められていた。

 人生とは不思議なものである。まだまだ人生これからであろう木陰が『人生』を語るのも変な話ではあるが、人生の不思議さ、というものを身をもって味わったような気がしている。

 嫌そうな顔の写真にしてもそうだが、一歩間違えれば大炎上にだって繋がりかねない。『受かる気が無い』という姿勢だって、普通にそのまま落とされていたっておかしくない。それが好意的に受け止められ、事態がどんどん好転していく場合がある、というのは、やはり人生の不思議さ、というものだろう。

 人生何が起きるかは分からない、とはよく言ったものだ。歯車が一度噛み合ってしまうと、その気が無くても、何をしても、勝手に動いていってしまうことがある。それが悪い方向に転がってしまえば大変なことになるのは想像に難くないが、良い方向に転がっていっても大変なことになることがある。

 受かる気の無かったアイドルのオーディションに木陰は受かってしまったのである。どっかで落とされるだろうと現実逃避していた木陰はこの合格の二文字を飲み込むのに少々時間が掛かった。合格通知を一晩寝かせてみたくらいだ。

 ……えっ? 合格……? ……えっ? 私がアイドル……? やばぁ……っ!

 学校で半強制的にやらされたアイドルの踊りの出し物を思い出す。『やる気無い奴は帰れよ』と言われたので帰ったところめちゃくちゃ怒られた記憶がある。ずーーっと怒鳴られながら歌や踊りの練習させられた記憶があり、めちゃくちゃ嫌だった思い出がある。

 学校の出し物でこれだ。それを正式な職業にしているアイドルの過酷さは想像に難くない。

 よし、辞退しよう、と木陰は事務所の偉い人に連絡しようと思ったのだが、連絡をしようにも彼女のスマホが鳴り止まない。合格を知った人からお祝いメッセージが大量に着ている。誰だコイツ、とよく知らない人からも着ている。誰が漏らしたのか(恐らく母親)彼女のアイドル合格が地域中に広まっているらしい。

 それだけであれば別に無視しても良かったのだが、木陰の辞退を想い留めさせたのが、最終選考までの過程で仲良くなり、惜しくも選考から漏れてしまった友人たちからのメッセージ。

 何か深いことが書かれているわけではない。基本的には地域の友人たちと同じく、『おめでとう!』と祝福の言葉が書かれていた。

 自分たちが落ちてしまったことを考えれば、受かった相手に対して複雑な心境だってあっただろうに、友人たちと変わらない温かいメッセージをくれた。変に気を遣わせないようにか、お祝いの言葉だけに留めていたことにも優しさを感じた。落ちてしまった自分たちの分も、という想いだってあっただろうに、それを木陰に背負わせては悪いとばかりに、誰も触れてはこなかった。

 今回のオーディションに落ちただけで、アイドルになること自体は諦めてないから、夢を他人に託すつもりは無い、って話なのかもしれない。それであればそれでいい。だが、本当は託したかったが気を遣って託さなかった人の分は勝手にこちらで託されようと思う。友達なのだ。それくらいのお節介は焼いても許してくれよう。

 選考中たくさんの人に会った。会えなかった人も含めると本当にたくさんの人がアイドルになろうと応募していたのだろう。それだけ多くの人がなりたいと願う職業。その職業を体験できる権利を今木陰は持っている。

 職業体験、などと言っては悪いのかもしれないが、木陰がアイドルになったのはそれくらいの軽い気持ちだった。自分がアイドルになる姿など想像もできないし、何なら頑張って想像してみてもちょっと鳥肌さえ立つくらい似合っていないような自覚はあるが、それでも自分なりに、できる限り頑張ってみよう。そう思い、アイドルの世界へと飛び込んでみた。

 直後、やっぱ辞退すれば良かった、と木陰はすぐに後悔した。

 結果、想像通り、いや、想像以上に。学校の出し物とは比較にならないくらい大変だった。過酷と言い換えてもいい。学校の出し物はあくまで授業の一環だが、それを本職にしている人間たちの凄さを身をもって知った。これも自分がなってみなければずっと分からなかった気持ちだろう。アイドルなんて、ってくさしていて本当にごめんなさい、と謝りたいくらいだった。今ではアイドルやっている全ての人に尊敬の念を抱いていますですはい。

 一方で、同じグループのメンバーが予想外に優しかったりもした。勝手にもっとこうグループ内でバチバチしているイメージだったのだが、人懐っこい人や人見知りの人はあれど、みんな人当たりがいいんだな、と驚いたものだった。そういう人を選考したのか、それともたまたま集まったのかは分からないが、顔合わせの時にホッとした記憶はある。

 アイドルが大好きで集まって来たメンバーだと思っていたので、アイドルに詳しくないとそれだけでイジメられるのではないかとビクビクしていたのだが、同じようにアイドルに詳しくない者も居たし、アイドル大好きで色んなアイドルを逐一プレゼンしてくるお節介な者も居た。

 多分、このメンバーじゃなければとっくに辞めてたんだろうな、と木陰は思う。そもそもアイドルになるモチベーションが低かった彼女だ。何か嫌なことが起きる度に、それをバネにしようとは思わず、辞めたい、って気持ちの方が強くなる。

 それでも辞めずに、これだけ魅力的なメンバーが集まった中で『推しです』とまで言ってくれる人が現れる程度には頑張ってこれたのは、ひとえに、この人たちともっと一緒に居たい、という想いが強かったからだと思う。学校でも家でもないもう一つの居場所。家族とも、友人ともちょっと違う、仕事仲間という言葉もしっくり来ない、不思議な関係性。この場所のためなら、この人たちのためなら頑張れる。自分でも信じられないが、そんなちょっとした奉仕の感情みたいなものが芽生えていた。

 女優としてドラマに出演、モデルとしてショーに出演、知識を活かしてクイズ番組に出演、など。マルチな才能で各方面で活躍し始めているメンバーが居る中、自分がたまたま写っていた嫌そうな顔の写真で出演が増えているのは些か複雑な心境ではあるが、それも結果としてグループのためになっているのであれば、いいと思っている。

 ブームなどいつかは去る。この嫌そうな顔が求められることも少なくなっていき、その内忘れられるだろう。だから覚えてもらっているうちに色々出演しておくことにしよう。

 写真撮影が一区切りした木陰は休憩スペースへと移動。嫌そうな顔に疲れた彼女は椅子にダラーと座り込む。嫌そうな顔も地味に疲れるのである。やり過ぎると抑えてって言われるし、やらな過ぎるともっと出してと言われる。塩梅が非常に難しいのである。これであれば面白くも無い時に笑顔を振りまいている方がまだラクな気がする。

「カゲ~。写真撮ろ~?」

 ブログに載せるツーショット写真でも撮りたいのか、楽屋の椅子にだらけきって座っている木陰の元にメンバーが寄って来た。返事など決まっている。

「や」

「何でさ!」

「私は今だらけることに忙しい」

「よ、よく分かんないけど……。じゃあだらけきったままでいいから写真撮らせてよ」

「ダメ」

「無視」

「じゃあ聞くな」

 聞いといて完全無視と言う暴君はこちらの許可も取らずにスマホを構えるが全然写真を撮ろうとしない。どうも木陰がしている素の嫌そうな顔がお気に召さないご様子だ。

「………………笑顔がいい」

「や」

「……………じゃあ嫌そうな顔がいい」

「………………」

 パシャ! 撮りたかった笑顔のツーショットが撮れたメンバーはホクホク顔で木陰の膝の上に腰を下ろすと、ブログの文章を考え始める。椅子に座れ椅子に、と思った木陰は頭を軽く叩いたり、脇をくすぐったりしたのだが、梃子でも動かない気か全然動かないのでもう面倒になり諦めてその姿勢のままダラーを継続することとする。


 メンバーたちが段々、自分の扱い方を覚えていっているのが癪でもあり、心地よくもあった。

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