八作品目「心臓発作をおこす恋はいかが?」

連坂唯音

心臓発作をおこす恋はいかが?

「あなたはどのようにして彼女を殺害したの?」

 黒スーツ姿の刑事は夏目に鋭利な視線を突き立てながら尋問を続ける。机をはさんで刑事と夏目が座り、机から離れたところに警察官が立っていた。

 刑事は瞬きひとつせず、夏目の瞳を凝視している。コンクリート造りの壁や床は、刑事の言動や視線の鋭さを際立たせているようだった。夏目の後方に立つ見張り役の警官も、物音を一切たてずこの取調室に調和しているようだ。

「僕は彼女を抱いただけだよ。行為の最中、彼女は突然自分の胸を抑えて意識を失ったんだ。いや、その時に死んだのかもしれないな」

 夏目は刑事の顔を見つめ返し、舌先を一瞬出し入れした。黒スーツを着た女性の刑事は目を一瞬そらす。そのまま、視線を机上に置かれたパソコンの画面へ向ける。

「夏目賢さん、あなたに殺害容疑がかかっているのよ。状況を説明しましょうか?

今月二十日、文京区のホテルで女性の遺体が発見される。死因は不整脈による心臓発作とみられる。被害者の名前は大空流美さん。家族の方に確認済み。あなたと彼女の関係はマッチングアプリでのオンライン上の知り合い。事件当日は、初顔合わせ、いえ、初デートだったようね。あなたは──」

「僕は通報者であり、状況から僕が彼女を殺害した犯人とみられる。だろ? 部屋にいたのは僕と彼女しかいないし、僕は彼女が死んでいくのを目の前で目撃した。」

「しかし、なぜかあなたは彼女を殺害したことを認めない。」刑事は再びナイフのような視線を夏目に向ける。

「あんた、結構かわいい目しているんだな。そんな厚い化粧をしなくても、美しい目を持っていることは僕にはわかるよ」夏目は自分の前髪をかき上げる。

「話を訊いている? あなたは大空さんを殺害したこと以外は全て認めているのに、なぜ殺害していないと言い切れるの? 動機はない、とあなたは言うようだけど」

「だから言ってるじゃないか。僕には、人を意図せず死なせてしまう能力がある。僕に恋した人間はだれであろうと心臓発作で死んでしまう。僕は殺してなんかいない」

「だから意味が分からないのよ。超能力とでも言いたいつもり?」

「うん。そういうことになるのかな。能力というよりもただの経験なんだけど。僕に恋した人はみなすぐに死んでしまう。これまでの変死事件のなかで、証拠の決め手のなさに僕はほとんど警察に疑われなかったけど、今回ばかしは不運だったようだ。当然、死んだ彼女の方がね」夏目は湿気を含ませた吐息を、刑事に吹きかける。

「そう。あなたは何度か警察から事情聴取を受けたことがあるわね。もしかしたらそれらの変死事件は、今日を境に一気に解決するかもしれない」刑事はハンカチを取り出して、首の汗を拭く。後方の警官はいつのまにか息遣いが荒くなっている。

「自分でも恵まれた容姿をもって生まれたと思うんだ。それに僕には人にはない才能がある。心臓発作をおこす恋を人に与えることのできる才」

 刑事の目が泳ぎ出した。

「夏目さん、あなたへの事情聴取、とりあえず今日はもうこれで終わりにするわ。ただし、家には帰られないわよ」

「そうか。あんたと泊まれるとか?」夏目は自分の唇を舐める。

「そこの警官、この男を部屋から出して」刑事は夏目の後方にいる警察官に向かって指示をしたが、応答がない。

「ちょっと聞いている? もしかして寝てるの?」

「彼女はもうそこから動かないよ」夏目が鼻筋をこすりながら言った。

「彼女は僕をこの部屋に連れてくる前に、僕に恋をしたんだ。僕は彼女を口説いただけだけど。彼女、まだ二十四歳なんだってさ。巡査だからそんなものだろうけど」

 刑事が立ち上がろうとした。しかし足元がふらついていて、転んだ。

「夏目さん、あなた彼女に何かしたの」

「彼女は僕に恋をしたんだ。取調中、ぎりぎり意識を保っていたようだけど、今は死んでいるようだね」

「ま、まさか。そんなことが………」

 夏目は椅子から立ち上がり、俯いている警察官の正面に立った。夏目の手が彼女に触れると、彼女は床に倒れた。警官の腰から鍵を取り、自分の手錠を器用に解く。

「あんたも恋をしたんだろ。僕を尋問しながら、僕の顔をずっと観察していたよね? あんたの言葉が段々震えてくるもんだから、僕としては嘘だろって感じだが。もしかして夫とセックスレス?」夏目は刑事の方へ歩み寄る。刑事の顔は紅潮している。

「あんたみたいな若造に………」

「言葉とは裏腹に心は正直みたいだな。僕の魅力は性別も年齢も超えることは分かっていたけど、刑事さんまで魅了できるとはね。僕も脈ありサインを送った甲斐があったな」夏目は刑事の手を握る。刑事は体を捻った。

「私は、死ぬの?」

「心臓発作をおこすのは絶対だよ。けどもしかしたら生き延びれるかもね」

 屈みこんだ夏目は勢いよく立ち上がり、部屋のドアに向かう。

「僕はこれからここを退出するけど、警察は僕を捕まえようとするだろうね。でも逃げて刺激的な暮らしを送ってみせるよ。僕には天賦の才能がある。そうやすやすとは捕まらないつもりだよ。じゃあね、佐藤あやみ刑事さん」

夏目は部屋から出ていった。取調室は無音になった。

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八作品目「心臓発作をおこす恋はいかが?」 連坂唯音 @renzaka2023yuine

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