これを食らえばいくらあなたであろうと……

 その恵まれた狼の身体が持つパワーとスピードゆえなのか、それとも狼の本質に引っ張られているからなのかはわからないが、狼の状態になったフェンは少女の姿の時よりも動きが単調になってしまう傾向にあった。


 バットリー解放直後にリリムとフェンとで手合わせをしたとき、リリムはフェンにそのことを指摘していた。


「狼になった時こそ、頭を使わなければならないのです」

「でもぼく、狼になると何も考えられなくて……」


 そう言うフェンにリリムは優しく頭を撫でた。

「ならば普段から考えるくせを付けておきましょう」

「リリムさまがそう言うなら……がんばる」


 ――そうリリムさまと約束したのに……!

 フェンは憤慨していた。相手を見くびり窮地を招いた己自身の愚かさに。


 ――これでぼくが負けたら、リリムさまは目的をはたせない。そんなのは……いやだ!


 しかし怒りにまかせ身体を動かそうとしても無意味だ。影縫いの術は魔法の一種であり、膂力でどうにかできるものではない。


 ――考えろ。考えるんだ。

 フェンは狼の姿で必死に考える。まだ慣れないが、そうも言っていられない。


 そうしている間にフォルネウスがゆっくりと、しかし油断ならない様子でフェンの背後から迫ってくるのが見えた。


 その手には先ほどフェンがたたき割った剣が握られている。

 剣は中程から失われているが、今の動けないフェンであればそれでも十分であろう。

「強力な麻痺毒を塗りました。これを食らえばいくらあなたであろうと……」


 フォルネウスが迫っている。

 しかし、フェンはまだ絶望はしていなかった。絶望の二文字はリリムに相応しくない。その傍らに立つ自分にもだ。


 あたりを見渡しながら必死で考える。芝が敷き詰められた庭は周囲の松明で明るく照らされている。遠方には領主の屋敷、後ろからは折れた剣を手に持ち歩いてくるサキュバスの女。そして空に浮かびあたりを照らす月。月によって作られたフェンの影の中心には変わらずナイフが六本突き刺さっている。


 フェンが空に浮かぶ月を憎々しく見上げた。

 ――あの月さえなければ……!


 しかし、それはいくらフェンといえどできない相談であった。普段であれば狼の自分に力を与えてくれる存在である月がこんなに憎いとは。

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