お気遣い無用です

 突如として現われた巨大な狼に臆することなく、先手必勝とばかりにフォルネウスが爆発的な瞬発力で一気に間合いを詰める。


「はぁぁっ!」

 フォルネウスは剣を両手に構え、腰を捻る。突撃の勢いを回転運動に乗せて強力な一撃をフェンの右前足にたたき込む。


 キィィィン!

 帰ってきたのはまるで金属を打ち合わせたかのような甲高い音と、肉を斬り骨を断つ感触とはほど遠い腕のしびれだった。


「くっ……。なんて硬い!」

 反動ではじき返されたフォルネウスは空中で一回転して離れた所に着地する。


 その隙を見逃すフェンではない。

 ――じゃあ、こんどはこっちからいくよ!


 その巨体からは信じられないほどの速度で銀色の狼が迫る。

 質量とスピードから予想される衝撃に備え、フォルネウスは剣を構えて防御態勢を取った。


 狼が巨大な口を広げ、そこから伸びる白い牙が光る。

 が、衝撃は来ない。狼がフォルネウスに今まさに衝突するというその瞬間に狼の姿はかき消えてしまったのだ。


「…………っ! 残像!?」

 気づいたときには遅かった。フォルネウスの背後にフェンが現われ、その鋭い爪が振り払われる。


「ぐっ……!」

 咄嗟に剣をあわせて直撃は免れたが、フォルネウスは大きく弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。きれいに整備された芝が大きくめくれて宙に舞った。


 一瞬意識を失いかけたフォルネウスだったが、すぐに起き上がってフェンの追撃に備えて剣を構えた。

 しかし、フェンは先ほどフォルネウスに攻撃を仕掛けた場所から動いていない。


「……………………?」

 フォルネウスがフェンの意図をはかりかねていると、彼女の脳内にあの銀髪の少女の声が聞こえてきた。

 ――その剣で戦うの?


 言われて初めて気がついた。先ほどフェンの爪を受けた剣は中ほどから砕けて消滅してしまっていた。


 フォルネウスはそれを見て、にっこりと笑う。

「お気遣い無用です」


 そして、今まで使っていた剣を惜しげもなく捨て去った。そして大きくスリットの開いたスカートに手をやると、その間からナイフを取りだした。左右に三本ずつ、合計六本。


「お待たせしました。さあ、再開しましょうか」

 そしてフォルネウスは再び狼に向かって走り出した。

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