むぅぅぅぅぅぅ! おまえ、きらい!
「それでは参らん」
腹を斬るためにはだけた上着を直し、リリムに返してもらった剣を腰に佩きながらエルが言った。
「は……? どこへ行くというのですか?」
まるで共に行くような口ぶりのエルにリリムが目を丸くした。
「ブラッドフォードへ行くのでござろう? それがしもブラッドフォードに向かう所でござったから、ちょうどいいでござる」
「なぜそれを知っているのですか」「この方、道の真ん中で待っていたはずです」
「嘘ですね」「嘘ですね」
――リリムさま、こいつあやしい。
エルの発言にメイドたちとフェンが揃って疑念の声を上げる。
「怪しいだなんてとんでもない……! それがしはしがない旅の剣士で……」
――リリムさま、こいつあやしいから殺していい?
「ひぃぃぃぃ……!」
つい先ほどまでリリムと五分の戦いをしていたとは思えないほどの情けない声を出してエルが後ずさりした。
「ふふふっ、脅かすのはそれくらいにしてあげてください。エルさん、でしたっけ?」
「い、いかにも……」
エルは必死に虚勢を張ろうとしていたが、腰がひけているのはその場にいる誰もが認める事実だった。
「『旅は道連れ』とも申しますし、ブラッドフォードまでご一緒しましょうか。もちろん、そのあと仕官してくれても構いませんよ。エルさんほど強ければ大歓迎です」
「ほ、本当でござるか!?」
「ええ、もちろん」
喜色ばむエルに対し、メイドたちはため息をつき、フェンは、
――リリムさまはゆうしゅうな人がすき。ゆうしゅうとみるとすぐナンパする。
「ナンパだなんて人聞きの悪い。スカウトと言ってください」
「しかしリリム様、その者、危険ではありませんか?」「その者は問答無用でリリム様に襲いかかってきた者です」
アマンダとカマンダの指摘ももっともだとリリムは少し考えたのち、
「大丈夫でしょう。だってエルさん、私より弱いですから。何かしようとしてもどうにでもなります」
「ぐぶっ……! 持ち上げてからたたき落とすのはひどいでござる……」
隣ではエルが心理的ダメージを負ってうずくまっていたが、それに心を痛める者はここにいない。
「少し遅れましたが、ブラッドフォードへ向かいましょう」
リリムがフェンの背に乗り、エルに手を伸ばす。だがエルはその手を取ろうとしなかった。
「……? どうしましたか? あなたも同行するのですから、フェンの背に乗ってください」
――おまえ、あやしいけどリリムさまの命令だからのせてやる。
それに対しエルは狼の下からにっこりと笑ってリリムを見る。
「いえ、それには及ばぬでござる。それがし、こう見えても足には自信がありましてな。きっちりばっちりついていくでござるよ」
ない胸を張ってそう言うエルに腹を立てたのはフェンだ。
――なら、おまえおいてく。おいてきぼりにされて泣いても知らない。
そう言ってフェンはいきなり全力で走り出した。
「ははははははは! そう来なくては! 剣では後れを取ったが、走りでは負けぬでござる!」
なんと、巨大な狼の全力と同じペースでこの怪しげな剣士も走り出すではないか。
――むぅぅぅぅぅぅ! おまえ、きらい!
「ははははははは!」
狼とワーウルフの駆けっこはその後、ブラッドフォードの街に着くまで続いたという。
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