このまま生き恥をさらす訳にはいかないでござる

 そうしている間に蹴り飛ばされ、頭から地面に突き刺さっていたワーウルフの剣士が起き上がってきた。


「あら、あの攻撃を食らってすぐに起き上がれるとは、なかなかですね」

 煽りではなく、本気でリリムは感心した。


「な……何が……起こったでござるか……?」

 今の一撃でエルが持っていた剣を奪われ、旅装束はボロボロになっていた。


 何が起こっているのか理解できず、今も混乱しているエルに、リリムは種明かしをしてあげることにした。


「簡単ですよ。あなたの剣を奪って腹に蹴りをお見舞いしてあげただけです」

「だけ……って、いやいやいやいや、何を言っているでござるか? 瞬間移動で動く拙者にあわせて蹴りを食らわすなんて……。いやそれ以前に、どうやって剣を奪ったでござるか?」


「いえ、ですから、こう……」

 リリムはエルの剣を持つ手をひょいと振り上げた。そのしぐさはまるで赤子からおしゃぶりを取り上げるかのような気楽さ――その行為が気楽かどうかは人によって異論があるかもしれないが、まあそれはこの際置いておく――だった。


「いやいや……! それはそう見えてもブラッドフォードの名のある鍛冶師が打ったものでござるよ? そうして刀身を持って平気なんでござるか?」

 そう、リリムはエルの剣の柄をもっているのではない。剣の刃の部分を持ってぶんぶん振り回しているのだ。


 エルの疑問は当然であった。その剣は『バターを切るように敵の身体を斬る』とも言われるほどの名剣だったのだから。


 しかしリリムは申し訳なさそうに――そう、本当に申し訳なさそうに眉をひそめて言った。


「ごめんなさい。わたし、少々防御力が高いので、この程度の剣でしたらダメージはないんですよ」

 言いながら指で剣の切っ先をつつく。彼女の言うとおり、まるで鉄板の先を剣先でつついたかのように指先には何の変化も生じなかった。


「そ……んな……この……程度……?」

 エルはへなへなと腰を落とした。身体から力が抜けてしまったのだ。


 すっかり戦意喪失したエルは諦めたように両手を挙げて、降参の姿勢を取った。

「拙者の負けでござる。こうなった以上は腹を斬って……」


「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 エルが腰に差してあった小刀を取りだしてそれを腹に当てようとする所をリリムが慌てて止めた。


「命をかけた勝負である以上、負けた側が腹を切るのは当然。止めてくださるな」

「いえ、命をかける勝負だなんて、一言も言ってません!」

「しかし、このまま生き恥をさらす訳にはいかないでござる」


 そこで助け船を出してくれたのは後方でメイドたちを守っていたフェンだった。

 ――リリムさまに負けるのはとうぜん。はじじゃない。


 その助け船に全力で乗っかるリリム。

「そ、そうですよ。わたし強いんですから、そんなに気を病むことはありません!」


 エルは自分の腹に当てていた小刀をじっと見つめながら、何事か考えていたかと思うと、それをぽいと捨てた。ハラキリは諦めたらしい。


 リリムはどこかほっとしている自分に気がついた。

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