ぜひ、拙者と手合わせ願いたい

「それがしはエルと申すもの。旅の剣士にござる」

 甲高い声は少女のそれだ。


「それがし……? ござる……?」

 その奇妙なしゃべり方にさすがのリリムも面食らった。しかし、続けて放たれたエルの言葉にさらに面食らう。


「見たところ、かなりの手練れとお見受けした。ぜひ、拙者と手合わせ願いたい」

 そう言って腰の剣に手を添えるではないか。


「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 リリムが慌てて手を振る。


「わたしたちはただの旅のものです。勝負なんてとんでもない……!」

 旅用に拵えてあるものとはいえ、今リリムが来ているのは真っ赤なドレスだ。それで『ただの旅のもの』とは苦しいにもほどがあるが、言ってしまった手前、それで通すしかなかった。


 しかしというか、やはりというか、エルと名乗った剣士には通用しなかったようだ。


 エルは一瞬だけ身体をかがめて力を溜めると、

「問答無用。いくでござる!」

 腰に佩いた剣をおそるべき速さで抜いた。それは性格にリリムの胴を両断する軌道を描いている。


 しかしそれは空気を薙ぐだけの結果に終わった。リリムは剣の軌道を正確に見切り、それがギリギリ当たらない位置まで身を引いてみせた。


「やはり、それがしの見立ては間違っていなかったようでござるな。いざ尋常に……!」

 そう言いつつ得る覇権を振り回してきた。無手の相手を前に「尋常に」も何もないと思うが……。


「えい! やあ! とうっ!」

 とても気合いの入っているとは思えないかけ声から、信じられないほどの速さと鋭さの剣戟が飛んでくる。一度のかけ声の間に三度の斬撃が飛んでくるのだ。


 しかも、その動きは予測不能で、筋肉の動きから予想できる動きとは全く別の動きをしてきていた。


 それに対し、リリムは敵の動きを見てから回避行動を取ることで敵の攻撃を躱していた。しかしエルという剣士の攻撃はますます速くなってきてきていた。


 そしてついに――

 きぃん、という金属がぶつかる音があたりの草原に響いた。


 エルの剣をリリムがどこからともなく取り出した燃えさかる剣が受け止めた。

 魔剣ソウルファイア。かつてアガリアレプトが愛用し、今はリリムがその主となった炎の魔剣である。


「ふふ。ついに抜かせたでござる」

 一歩引いて間合いを取ったエルが嬉しそうに笑った。

 それに対してリリムは困ったように眉をひそめる。


 ――リリムさま、ぼくにまかせて。

 後ろに控えていたフェンが思念を飛ばしてきたが、リリムは首を振った。


「いえ、あなたでは小さくて素早いエルさんのようなタイプでは相性が悪いでしょう。アマンダさんとカマンダさんを守ってあげてください」

 ――わかりました……。


 フェンは悔しそうな感情をにじませながら引き下がった。リリムの言うことにも一理あったからだ。


「リリムさま」

「旅装束はそれ一着しかありません」

「わかってますよ。ドレスを汚すようなことはしません」

 リリムはアマンダとカマンダの方を振り返ってにこりと笑った。


「さて、お待たせしました。このわたしがお相手しましょう、エルさん」

 普段着ている赤いドレスとは布の厚みが違うだけでそれ以外はほとんど区別がつかない赤い旅装束を翻しながらエルの方に向き直ると、リリムはソウルファイアを構えた。


 それに対してワーウルフの剣士も剣を構え、

「光栄でござる。では、それがしも本気で行くでござるよ」


 その言葉にリリムは驚き、大きな目を皿に大きく見開いた。

「あの上がまだあるんですか……!」


 そして、リリムは実に嬉しそうに、

「楽しみです。さあ、やりましょう」

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