旅の剣士にござる
すでに日は暮れてから何時間か経過していたが、その日は満月だったためにあたりは明るく、疲れを知らぬフェンは快調に歩を進めていた。
フェンの頑張りによって道中は快調に進み、予定よりも早くルーヴェンディウス領へと足を踏み入れることができた。目的地であるブラッドフォード城まであと少し。
という所で急に速度が落ち、やがてフェンが足を止めた。
「…………? どうしたのですか、フェン?」
――リリムさま、どうしよう?
フェンの声が脳内に響いた。狼の姿になっているときでも話ができるようにと、リリムが教えた魔法だ。
フェンは両足を曲げて『伏せ』の体勢を取り、頭を下げた。
フェンが頭を下げたことによって前が見えるようになった。
リリムが顔を上げると、フェンの白い毛皮越しに周囲の景色が見える。
一面の草原である。季節は夏を迎え、草花が力強く育ち、海からの風を受けてさらさらと涼しげな音を立てながらそよいでいる。
草原の後ろ、左手には木々がうっそうと生い茂っている。フェンの身体では森の中を走ることはできないので避けてきた森だ。右手は海が近く、ここからでも波音が聞こえてくるほどだ。
そして正面にはひとつの影。
人影だ。フェンの正面をその人物が塞いでいた。フェンが立ち止まったのはこの人物がいたからだ。
「わたしが話してみましょう。三人ともここに」
リリムはフェンと、フェンの背に乗るアマンダとカマンダを残したままその背から降りて立ちはだかるその人物の方へと歩いて行った。
奇妙な人物であった。
いや、姿形は奇妙でも何でもない。
背の丈はリリムと同じか、少し低いくらいだろうか。黒と赤を基調とした仕立ての良さそうな服を身にまとった青紫の髪の女性。その髪を後ろで大ざっぱにまとめ上げており、腰に一本の剣をぶら下げているので旅の剣士のように見える。
青紫の頭の上には尖った耳。腰からは同じく青紫の尾が生えており、彼女が狼の獣人、ワーウルフであることをアピールしている。
しかし、それだけだ。街中で出会えば何の違和感もなくすれ違ったことだろう。
では、何が奇妙なのかというと、この場にいること自体が奇妙なのである。
フェンは人がなるべく通りがからないルートを選んで走ってきていたが、それに加えてリリムが人払いの魔法を広範囲にかけていたので、ここに人がいるはずがないのである。
にもかかわらず、この剣士はここにいて、しかもフェンの行く手を遮るように立ちはだかっていた。
「こんにちは」
リリムが剣士に話しかけると、剣士はまるで今初めて気がついたかのようにリリムの方を見た。月明かりが反射してきらきら光る赤紫の瞳が印象的なすらりとした顔だった。
「それがしはエルと申すもの。旅の剣士にござる」
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