そういうお立場だということです

「グロムさん、ヴェーデルさんには別件で軍を先行して動かしていただきます。命令は追って」


 それを聞いてグロムは大きくため息をついた。リリムは自分の考えに非があれば意見に耳を傾けてくれるが、こうなればもう意見を翻すことはできそうにもない。

「かしこまりました。仰せのままに」


 グロムに引き続いてヴェーデルもその大きな身体を縮こまらせて深く礼をした。

 これで話は終わりだとばかりにリリムは立ち上がった。


「わたしが飛んでいけばおそらく十日ほどで戻れるでしょう。アマンダさん、カマンダさん。出立の準備を」


 しかし、普段であれば命じると即座に動き出すはずのエルフの姉妹はその美しく整った瞳をリリムに向けたまま、動こうとしなかった。


「……? どうしたのですか? 準備を整えてください」

「リリム様」


 アマンダが口を開いた。

「お待ちください」

 カマンダが続いた。

「旅先でのお着替えは」「道中でのお食事は」「「どうなさるのですか?」」


 メイドたちの指摘にリリムは珍しくたじろいだ。「うっ」という声さえ漏れ出た。

「い、いえ……。ウェリングバラの時とは違って、今度は戦わないからドレスは汚れないですよ? それにウェリングバラの時も結局は汚れなかったし……」


 自分でもおよそ魔王らしくないと感じながらも言い訳をする。しどろもどろになってあまりに苦しい。


「お会いするのはルーヴェンディウス様です」

「貴族の中の貴族とも呼ばれるお方」

 案の定、メイドたちに言い訳は通用しなかった。


「そのようなお方に旅装束でお会いになるのですか?」

「それとも、儀典用ドレスでブラッドフォードまで行かれるのですか?」

 メイドたちは淡々と聞いた。淡々としているはずなのに、リリムにはものすごい圧力に感じられた。


「ご滞在中のお世話はルーヴェンディウス様のメイドにさせるのでしょうか?」

「側仕えも付けずに訪れる者に対し、ルーヴェンディウス様は信用なさるのでしょうか?」


 リリムは自らの意見に対して決して異論を認めないわけではない。むしろ、自分の考えの至らない部分を指摘してくれる存在はありがたく思っている。だから先ほどのグロムとヴェーテルの反論にも耳を傾けた。


 しかし、やはり自分の考えが誤りであることを認めることはなかなかに難しい。悔しいのだ。

「で、でも……あなた達を連れてブラッドフォードまで飛ぶのはさすがに……」


 それで諦めてくれるとはさすがに思っていなかったが、伏兵は思わぬ所に潜んでいた。

 リリムの袖をちょいちょいと引っ張る感覚に目を向けると、白髪の少女が無垢な瞳でリリムを見ていた。

 嫌な予感がする。が、リリムのフェンの言葉を止める術は持ち合わせていない。


「リリムさま。ぼくならリリムさまとアマンダ、カマンダを乗せてブラッドフォードまで走れる」

 白旗を揚げるしかなかった。


「わかりました。今回の旅にはフェンとアマンダ、カマンダを同行させます。すぐに準備を」

「「かしこまりました」」

 エルフ姉妹は深々と頭を下げて謁見の間を後にした。


 彼女たちだけでなくグロムやヴェーテルも軍を編成するために慌ただしく動き出し、ヤックと何やら相談を始めた。どの様子を見てリリムは、


「はぁ……。久しぶりに一人旅ができると思ったのに……」

 ため息をついて独り言を言ったつもりであったが、脇に控えていたアドラメレクにはしっかりと聞こえていたようだ。


「そういうお立場だということです。お諦めください」

 朗らかに笑うアドラメレクを前に、リリムは再び大きくため息をついたのだった。

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