実に楽しみじゃ

「みなさんが愛したアガリアレプトさまはすでにありません。わたしはその場にいたにもかかわらず、アガリアレプトさまを救うことはできませんでした」


 闇が支配する部屋。執務机に置かれたクリスタルだけが周囲を照らす明かりを放っている。

 その明かりは中空にて留まり、記録した映像を映し出している。


 映像にはリヴィングストンでのリリムの演説と、それに熱狂する民衆達が今も映し出されていた。

 それを見つめるひとつの影。その姿は暗がりのためはっきりと見ることはできない。


「わたしは、アガリアレプトさまの最期を看取った者として、殿下に後を託された者として、アガリアレプトさまの無念を晴らすことをみなさんにお約束します!」


 しかし、その人物はどこか楽しそうでもあった。

「どうやら間違いなさそうじゃな」


 舌足らずで甲高い声は幼い女のものだった。女はクリスタルの向こうを見た。そこには暗闇が広がっているのみだ。


「これは大きな収穫じゃ。よく持ち帰った。褒めてつかわす。下がってよいぞ」


 女の視線の先、暗闇に包まれていたと思われた領域にぼんやりと人影があった。人影はうやうやしく一礼すると、そのまま闇にかき消されるように姿を消した。残されたそこには、はじめから何もなかったかのように闇がたたずむのみだった。


 中空にはリリムがこちらを見て微笑んでいる姿のまま静止している映像が映されていた。

 それを見て女はにやりと笑う。


「リリム、か。まさか人間が“継承者”となってこの硬直しきった世界にメスを入れようとするとは思わなんだ」

 その口元からは白く輝く牙が顔を覗かせていた。


「楽しみじゃ。実に楽しみじゃ。のう、サタ坊」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る