だから、命だけは……!

「な、何が望みだ……? 金か? 宝石か? 領地か? 何でもくれてやる。だから、命だけは……!」


 領主の館内にある謁見の間。本来、謁見の間とは臣下の者が魔王に目通りを行う場所であり、ただの臣下にすぎない領主の館にあるはずもないのだが、この館には謁見の間としか言いようのない部屋が存在していた。


 そこは魔王城にある謁見の間にも勝るとも劣らぬ広さと豪華さを誇っていた。

 毛並みに沿って輝くレッドカーペット、月明かりを受けて色とりどりの模様を映し出すステンドグラス、惜しげもなく希少な宝石を用いて輝くシャンデリア、そして純金で作られた領主の玉座。


 どれもがウェリングバラ、果ては領内の住民達に増税を課して集められたフラウロスの“富の象徴”である。

 それはこの屋敷の主の傲慢さの象徴ともいえよう。


 しかし今、シャンデリアではなく街の道具屋から購入した簡素な燭台が部屋に明かりを提供し、新たな主となったリリムは黄金の玉座ではなくやはり道具屋で購入したお世辞にも高級とは言えない木の椅子に腰掛けている。


 これら高級品はすべて売却され、戦費、あるいは減税後の財源として使われることになっていた。見積もりではフラウロス領を今後無税で十年は養っていけるだけの金額になるという。


 そしてこれまでこの世の春を謳歌していた第四皇子フラウロスは手足を縛られた状態でリリムの前に転がされていた。


 フラウロスは長年の贅沢によって作られた丸顔二重顎をリリムの方へ向けた。

 その顔にはかつての尊大さは欠片もなく、卑屈なまでに強者であるリリムに対して下手に出る哀れさしかなかった。


「そ、そなたの主を殺したことに関しては謝る。あ、あれは兄上達に言われてし、仕方なくやったことなんだ。よ、余は反対したのだ。こう見えて余とアガリアレプトは歳も近いし仲が良かったのだ。殺す理由なんてあるはずもない」


 必死になって弁解するフラウロスに対し、新しく設置された木の玉座で足を組み腰を下ろす赤いドレスの女――リリムは冷ややかな視線を投げつけるばかりであった。


「そ、そうだ! 余もそなたの軍勢に加わろうではないか。二人で手を合わせ、アガリアレプトの仇を討とうではないか! そうだ、それがいい! なんなら、余の妻にならぬか? それならば魔王としての正当性が――ひいぃ……!」


 フラウロスの言葉が途中で途絶えたのはリリムの脇に控えていた三人――グロム、ヴェーテル、フェンの三人の逆鱗に触れたからだ。


 グロムとヴェーテルは腰に差した剣――普段佩いている大剣や大斧ではなく屋内用のロングソード――を首元に当てていたし、フェンに至っては大狼に変身して今にも飲み込まんとばかりに大口を開けている。


「貴様、自分で言ってることが理解できているのか?」とワータイガーが殺意を込め、

「ソンナニ死ニテェナラ殺シテヤル!」とオーガが叫び、

 ――リリムさま、かみくだいてもいいですか? とフェンが脳内に直接語りかける。


「た、助けて! 命だけは……お願い……!」

 哀れなまでに怯え、序面を懇願するフラウロス。彼が転がされている高級絨毯に何らかの液体によるシミが広がっていく。

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