あなた達の王です
「貴様、俺を馬鹿にして……」
グロムが拳を握る。その拳は細かく震えていた。
「さっきも言いました。彼らはこの苦しすぎる生活に、努力などによっては覆すことができない硬直した社会に対して怒っているのです。そういう社会を生み出し、運営している既得権益層である貴族、そしてその頂点たる魔王一族にです」
「だからといって暴力で解決していいと言うことにはならない!」
「ならばこの状況をどう是正すればいいのですか?」
「そんなことは知るか! それは俺の仕事ではない!」
今のリリムの力からすればこのワータイガーの戦士を力尽くで排除することは容易かったが、リリムはこの戦士に可能性を感じていた。彼は今リリムの前に立ちはだかっているが、それは職務に忠実であろうとする正義感ゆえである。そのような人材を失わせるのは惜しい。
「思考停止に陥らないでください!」
グロムの半分もない大きさのリリムであるが、その迫力によって巨大なワータイガーの戦士は一瞬たじろいだ。
「あなたの仕事は街の治安を守ること――街の人々を脅威から守ることではないのですか! ならば誰を守るべきで、誰が脅威なのかを考えなさい!」
「だから俺はこうして暴徒から屋敷を守っている!」
「それが思考停止だと言っているのです!」
「…………!!」
「仮に今あなたがわたしを、彼らを排除したとして、それで治安は戻るのですか? 残った街の人々の不満は残ります。それとも、不満を持った人々全員を排除するのですか?」
「そ、それは……」
「何度でも言います。この状況を作り出しているのは長年搾取と支配を続けていたヴェパルを頂点とする貴族階級です」
グロムはそこに投げ出されていた半死半生のヴェパルの方を見た。
グロムの目が変わった、とリリムは思った。
「不満の根本を取り除かない限り、反乱は何度でも起きるし、その間治安は回復しません」
「それは……そうかもしれん。が、あなたならそれを覆せるのか? より良い社会にすることができるのか?」
その問いにリリムは首を振った。
「わたしだけでは無理です。しかし――」
そして、振り返る。そこには屋敷を取り囲んでいる人々がいた。その後ろには今は焼けている町並み、そしてその背後には未だ混沌の闇に沈む帝国全土が――東大陸を含めた世界すべてがリリムの目には見えていた。
「ここにいる皆が、そしてあなたがいればそれも不可能では無いでしょう」
リリムはグロムに向けて手を差し出す。
「わたしと共に行きましょう、グロムさん。
「あんた……。名前は?」
グロムの問いに対し、リリムはグロムだけでなく、そこにいる全員に対して名乗りを上げた。
「リリム。魔王の器であった主からその権利を受け継いだ、あなた達の王です」
その言葉に、屋敷の前に集まっていた人々全員が――灰色の巨大な狼も、戦いのみを求めるオーガの戦士も――跪いた。
少し遅れてワータイガーの戦士、グロムも同じようにした。
「リリム様、貴女に永遠の忠誠を誓います」
ワータイガーの戦士は人間の魔王の手を取り、うやうやしくそう宣言した。
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