それのどこ悪いのですか?
――“積み荷”をもって門の前まで降りてきてください。
――はい。
短い返答がリリムの頭の中に響いたかと思うと、大きな気配が屋敷の外に現われた。
今やリリムの充実な従者となった灰色の狼が屋敷の前に降り立ったのだ。
下に集まる人々を踏み潰さないように気をつけてはいたものの、突然その巨体が空から舞い降りてきたのだ。真下にいた人たちは生きた心地がしなかっただろう。
実際、驚き腰を抜かした者もいた。
リリムは狼が咥えていた“積荷”を受け取ると、グロムに見せつけるように突き出した。
「……………………! ヴェパル様!」
忠実な帝国の兵士であるグロムはこの街の支配者にして帝国を支配する一族である皇女ヴェパルの片手と意識を失った痛ましい姿を見て驚愕に顔を歪め、怒りに歯を強く噛んだ。
「貴様……人質とは卑怯だぞ!」
グロムは拳を握りしめるが、ヴェパルの身体を支える形になっているリリムに手を出すことはできなかった。
「人質などとんでもない。わたしは、この街の――帝国の民を苦しめる元凶の一人を成敗したにすぎません」
「街の治安を乱す元凶が何を言うか」
グロムにはリリムの問答に付き合うしか選択肢は残されていなかった。
「治安? 確かに今、街の治安は乱れています。しかし、街の治安を乱しているのは誰でしょうか?」
「街に火を付け、この館に押し寄せてきているこいつらに決まっている」
「そうでしょうか?」
リリムは首を傾げた。本心からわからないと言っているかのように。
「彼らは口々に不満を口にしています。重すぎる税、不平等な富、理不尽な貴族達、生まれによって決まっている未来。そういったことにです」
「話をすり替えるな! この街の治安を守るのが俺の仕事だ。街に火を放ち、暴力を街にばら撒く者たちから人々を守らねばならん。今現に治安を乱しているのは誰だ! この者達ではないか!」
ワータイガーは屋敷前に集まってきてリリム達を見守っている民衆を指さした。
リリムは毅然と言い返す。
「それのどこ悪いのですか?」
「悪いに決まっている! これを見てもわからないのか!」
屋敷は街の高台にあるため、開け放たれた屋敷の扉から街の状況がよく見える。街の至る所に火の手が上がり、貴族の屋敷は打ち壊され、広場の魔王像は引き倒されている。
「これを見てわからないのですか?」
リリムはグロムの言葉をそっくりそのまま返した。
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