わたしは死ぬなと言っているのです
「ア、アンタハ……」
奴隷戦士だったヴェーテルは彼女のことを知っていた。彼が奴隷としてこの街のコロシアムにやってきて最初に、そして唯一土を付けた人物。
「そこまでです」
街の兵士だったグロムは彼女のことを知らなかった。しかし、その声には聞き覚えがあった。街の人々に立ち上がるよう、頭の中に話しかけてきた声。
「何者だ……?」
見上げるような大男たちの間にあって、些かも動じることなくたおやかな笑みを浮かべるリリム。
「あなた達のような優秀な人材をこんな所で消耗させるわけにはいきません。矛を収めてください」
「ウガァァァァァァ!」
リリムの提案にヴェーテルが吠える。
「オレハ、ツエーヤツト戦イタイ! コイツト戦エルナラ、死ンデモイイ!」
ヴェーテルは、今も彼の拳を掴むリリムの手を払いのけようとした。しかし、その手はまるで岩の中に食い込んだかのようにがっちりと彼の拳を掴んで話さない。ヴェーテルが力を使い果たしているにしても、信じられないことであった。
「ヴェーテルさん?」
リリムはにっこりと微笑んだ。
「わたしは死ぬなと言っているのですが、わかりませんか?」
リリムは優しくにっこりとそういっただけなのに、ヴェーテルの表情は一変した。額から汗が滝のように流れ落ちている。
「ワ、ワカッタ。アンタガソウ言ウナラ、ソウスル」
コロシアムの戦闘狂は赤髪の美女の前におとなしく矛を収めた。
「わかっていただけたようで、うれしいです」
リリムはヴェーテルに先ほどよりも朗らかな笑顔をみせた。
リリムは次に自分を挟んで反対側に立つワータイガーに向けて話しかけた。
「あなたも矛を収めてもらえないでしょうか?」
「悪いが、ここを死守するのが俺の仕事だ。貴女もここを通るというのであれば、容赦はしない」
グロムは首を振った。
「ふむ、そうですか……。困りましたね」
リリムはかわいらしく首を傾げるが、その表情は全く困ったようには見えなかった。
そしてリリムはこの屋敷の屋上で待機している彼に思考を飛ばした。
――“積み荷”をもって門の前まで降りてきてください。
――はい。
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