よく頑張りました

「ならば……!」

 リリムは狼に向けて調薬し、その背にまたがった。


 狼に対してリリムの身体はあまりに小柄で狼にとって重さを感じるほどのものではないはずだが、その背に生じた違和感を振り払うためにこれまで以上に暴れ出した。

 リリムは狼のまるで鋼鉄のように硬い体毛を掴んで身体を固定した。


「我慢しててください。すぐ楽になりますから」

 リリムは狼の体毛を掴んでいる方とは逆の手を体毛の中に突っ込み、狼の肌に直接触れた。


「そしてそのまま、魔力を注ぎ込む……!」

 自分の中に流れ込んだ他人の魔力によって狼はさらに大きく暴れ出した。


 しかしその程度で“治療”をやめるわけにはいかない。リリムは狼の体内を流れる彼自身の魔力と、新しく流された自分自身の魔力の様子を注意深く観察しながらさらに魔力を流し込む。


 暴れる魔力の流れを阻害することなく、ただその流れを整理して正しい方向へ導いてやる。


 効果は覿面であった。行き場を失って彼自身の身体を痛めつけていた魔力の流れは、リリムに導かれることによってあるべき道を見いだし、正しく流れていくようになった。おそらく、狼自身が感じている身体の痛みもみるみる治まっていることだろう。


 一分もしないうちに狼の動きが止まった。そのまま“伏せ”の姿勢を取った。


「よく頑張りました。もう大丈夫ですよ」

 リリムが狼を優しく撫でてやると、狼は気持ちよさそうな声を出して目を細めた。




「七百七十四番の動きが止まりました。リリムが倒したのでしょうか……?」

 光線の乱射が収まったことによって安全だと思ったのだろうか、いつの間にか実況が再開されていた。


 ――そのままの姿勢でいてください。この試合を終わらせます。

 そう狼に語りかけ、リリムは彼の背中から降りた。


 リリムが背から降りても狼が動き出さないことから、実況は狼が意識を失ったのだろうと判断し、


「勝負あり! 無敗同士の頂上決戦は『赤髪』のリリムの勝利となりました!」

 先ほどまでの惨状と阿鼻叫喚など忘れたかのように観客たちが熱狂の渦に包まれる。拍手と指笛、そして彼ら自身の声援によって勝者を讃える。


 リリムはいつものように手を上げ、その歓声に応える。その場で歓声に応えるように一回転し、貴賓席の様子を探る。


「…………いた!」

 果たして貴賓席にヴェパルはそこにいた。


 王城でアガリアレプトを殺し、リリムを拉致したあの時は皇女にふさわしいドレス姿だったが、今は肌も露わな皮のボンテージ姿だ。実の弟を笑いながら殺したこの女にふさわしい下品な姿だとリリムは思った。


 皇女らしく周囲の護衛達に守られるように立っているのは変わらないが、周囲の観客たちの熱狂に当てられたのか、ヴェパル自身もまたリリムに対して拍手を送っている。


 千載一遇のチャンス。リリムはそう判断した。

 瞬間、足元の砂埃を残しリリムの姿がコロシアムから消えた。

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