やるしかないのですか……?

「ガ、グゴオオオオオッ! ガァァァァァッ!」

 狼はさらに滅茶苦茶に暴れ出し、さらに光線を連射した。


「なっ……!」

 リリムは驚愕に目を見開いた。狼は暴れ回ったままやたらめったら口から光線を連射する。その光線はコロシアムのステージを抉り、空に吸い込まれていき、そして観客席を直撃する。


 そのたびに何人もの観客たちが光線によって蒸発させられていった。観客席は阿鼻叫喚だ。


「なんということを……!」

 リリムはそのまま跳躍し――もし彼女の動きを見ている者がいれば、これも瞬間移動のように見えただろう――今まさに観客席を破壊せんとする光線の前に飛び出してこれを防いだ。

 そうしている間にも狼は全く関係のない方向に光線を打ち出している。


「くっ……!」

 リリムはこれにも対応してなんとか被害を防ぐことができた。


 しかしこれを何度も繰り返すことはできない。次の狼がどの方向に向けて光線を放つかは放たれてからしかわからない。やがて被害は拡大していくだろう。


 コロシアムの警備は機能していないように見えた。避難誘導など全く行われていない。この状況にもかかわらず、自分には関係ないと思っているのか、それとも興奮に危機感が麻痺しているのか、観客席から全く動かずに熱狂している観客も多くいた。


 何度目かの光線から観客席を守りながら、リリムは狼を見た。

 狼は変わらずコロシアムの中央で何かに苦しむように暴れ回っており、光線を滅茶苦茶に飛ばしている。


「やはり、やるしかないのですか……?」

 最も簡単なのは狼の首を落とすことだ。おそらく、今のリリムであればそれも容易いであろう。


 しかし、リリムはその決断には至れないでいた。




「あなた、名前は? どうしてここにいるの?」

「…………………………………………」




 リリムと少年は同じ待機部屋で何週間もともに過ごしていた。言葉を交わした回数こそ数えるほどしかなく、しかも少年が口を開いたことなど一度もなかったのだが、それでもリリムは常日頃からこの周囲に馴染めない少年のことを気に掛けていた。


「ガ、ガァァァァァァァ……!」

 そうしている今も狼は暴れ回り、観客席には被害が出ている。やはりこの狼をなんとかしなければどうにもならないかもしれない


「いえ…………」

 その安易な考えをリリムは払拭した。それでは、気に入らないからとアガリアレプトを排除した魔王の子供達と同じではないか。


 リリムは貴賓室を見た。

 そこには、観客席の混乱など全く気にしないとでも言いたいようにこのコロシアムの主が涼しい顔で狼が暴れ回る姿を見ていた。


 リリムは強く歯を噛んだ。

「あなたに――人々を統治する資格はありません……!」


 そうして何度目かの観客席を襲う光線をはじき返したときだった。


 ――たい。

 ――いたい。


 ――いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。いたい。


 リリムの頭に言葉にもならない悲鳴が飛び込んできた。

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