肌にピリピリきます

「対戦相手を皆殺しにしてるって話だ」


 ここに来る時に兵士から聞いた話を思い出す。


「この子が……? にわかには信じられませんが……」

 しかし、実況の煽りも観客の熱狂も、そして何よりリリム自身の本能が目の前の少年が危険な存在であることを表わしていた。


「なるほど、肌にピリピリきます。これは侮れませんね」

 リリムが警戒度を一ランク上げたことなど全く気づきもしない少年は、リリムの数メートル離れた所まで歩いてくると、ぺこりと頭を下げた。釣られてリリムも一礼する。


「……何か調子が狂いますね」

 少年の『狂狼』という二つ名からは想像もできないしぐさにリリムも毒気を抜かれてしまう。


「それでは、本日のメインイベント! レディ・ゴー!!」

 実況の声とともにメインイベントだからなのだろうか、花火が打ち上がった。

 その程度で集中力を乱されないリリムは慎重に相手の出方を待った。


 しかし、少年は身構えるでもなくそのまま突っ立っている。


「いえ、違います……」

 リリムははっきりと感じていた。少年の内にある戦闘力が爆発的に高まっていることを。


「う……ウグァァァァァァァァァァァァ……ガァッ!」

 少年は胸を苦しそうに掻きむしったかと思うと、その内に秘められた力を外に解放させた。


 解放された力は少年を包み込み、巨大なシルエットを形作っていく。

 やがてそれは少年の髪の色と同じく、灰色の巨大な狼へと姿を変えた。


 ほとんどそれと同時に狼はその巨大な肉体を包む筋肉を存分に使い、リリムに飛びかかってきた。


「…………!!」

 余人にはほとんど瞬間移動のように見えただろう。しかしリリムははっきりその動きを捉えることができた。冷静に間合いを見極め、その攻撃範囲外にバックステップをしてかわした。


 ガチン!


 リリムの見極めが正確だったことを示すように、狼の巨大な口がリリムの目の前で閉じられた。

 その隙を見逃すリリムではない。素早く狼の腹の下に入り込むと、そのまま頭上の灰色の毛並み目がけてアッパーを繰り出した。


「ギャウン!」

 狼が甲高い声を上げ、リリムとは体重差で数十倍もあろうかという巨体がアッパーによって浮かび上がる。


「七百七十四番の突撃を回避したリリムのカウンターが炸裂したぁー!」

 魔法使用の準備を一瞬で終わらせ、空中で避けることのできない狼に向けて死なないレベルに調整した電撃を食らわせようと手を伸ばす。


「これでも、食らいなさい。――電撃の鞭!!」

 電撃は狙い違わず狼に命中し、狼はそのまま受け身も取れず落下した。


 地面に落とされた狼は時折身体を痙攣させながら、しかし身体に力が入らずまともに立ち上がることができない。


 ――はずであった。


「あら、まあ……」

「グ、ウググググ……」


 電撃によって身体がマヒしているにもかかわらず、狼は全身に力を込めて立ち上がろうとしていた。その姿はまるで生まれたての子鹿のように見えなくもなかったが、そんな微笑ましいものではない。

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