今日の敵はヤバいらしいぞ

「今日の敵はヤバいらしいぞ」

 待機部屋からファイター達の控え室へと移動する最中、いつものようにファイターを案内する役割の兵士がリリムに耳打ちした。


「ヤバい……といいますと?」

「オレも噂でしか知らないんだが、デビュー以来無敗なのはあんたと同じだけど、対戦相手を皆殺しにしてるって話だ」

「皆殺し……そうですか」


 リリムが礼を言うと、兵士は「いいってことよ」と人の良さそうな笑顔をリリムに向けた。最初期に買収した兵士だったが、近頃は心を許してくれているのか、ポイントを渡さなくてもこうして情報を流してくれることもあった。


「それじゃ、頑張って来いよ。応援してる。死ぬなよ」

「ええ、がんばります」

 そう言葉を交わして控え室に入っていった。


 これまでの相手も一筋縄ではいかなかった。おそらく、〈魔王因子〉を継承する前のリリムであったら誰一人勝つことはできなかっただろう。


 しかし今は違う。力を持ったこともそうだが、〈魔王因子〉に今も残るアガリアレプトの思いを遂げるため、ヴェパルを、そしてその他の皇子達を皆殺しにするまで倒れるわけにはいかない。




「さあ、皆様お待たせしました。本日のメインイベント!」

 その日もコロシアムは満員だった。どこから集まってくるのか不明だが、何万人も収容できるコロシアムは常に満員で、ファイター達が殺し合うのを見て飽きもせずに熱狂している。


 その熱狂の中をリリムはいつも通り奴隷服に無手で歩いて行く。傍目にはみすぼらしい格好の女がとぼとぼと歩いているようにしか見えない。


「まず登場したのはデビュー以来怒濤の八連勝! 新世代のニューヒロイン! 『赤髪』のリリム!」

 リリムはいつものようにフィールドの中央で立ち止まって手を振った。観客のボルテージはいや増していく。


「対するはこちらも無敗! 当コロシアムでの最長連勝記録を更新中!」

 コロシアムの向こう側にある控え室の扉が開いて対戦相手の影が見えた。これまでの対戦相手とは異なり、ずいぶん小柄なようにも見えた。


「まさに武闘王との呼び声も高い、『狂狼』七百七十四番!」


 その名にはっとした。


 対戦相手の扉から現われたのは同じ待機部屋に収容されていながら誰とも交流を持たず、いつも部屋の片隅でうずくまっているあの灰色髪の少年だったのだ。


「『狂狼』! 『狂狼』! 『狂狼』! 『狂狼』!」

 コロシアムのボルテージはさらに上がり、『狂狼』コールに包まれる。それはリリムが現われたときの比ではない。

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