絶対に許しません!

 リリムは近衛の屈強な男達に羽交い締めにされ、アガリアレプトから引き離される。

 気がつくと、アガリアレプトのきょうだい達が周囲を取り囲んでいた。


「今生の別れはそこまでだ。それは片付ける」

「『それ』? 『片付ける』? あなたの弟でしょう! 家族でしょう! それなのになんという――」


「弟? 家族?」

 きょうだい中の一人、次兄のダンタリオンがアガリアレプトをまるで汚いものでも見るように言い放った。


「弟なものか。家族なものか。これは人間だ。最下層の種族だ。元陛下を誑かし、皇子を騙っていた大罪人。別れの言葉を交わさせてやっただけでも慈悲だと思うのだな」


『下層階級であったり、弱かった者は虐げられ、死を待つほかない』――アガリアレプトの言葉がリリムの脳内にリフレインする。


「貴様ぁぁぁぁぁ……!」

 リリムは声の限り叫び、力の限り暴れるが、まるで鉄の鎖に縛られているかのように近衛兵による縛めはびくともしない。


「もういいだろ、ダンタリオン兄。最期はおれにやらせてくれよ」

 アガレスが残忍な笑顔を浮かべ、魔王の首を刈り取ったまさにその大剣をかついで、もはやぴくりとも動かないアガリアレプトの元までやってきた。


「いいだろう。それがお前の望む“褒美”だな?」

「そうだ。おれはこいつが気に入らなかったんだよ。ガキの頃からなぁ」

 そう言ってアガレスは大剣を振りかぶる。


「やめて……やめてください……! やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 しかし、近衛兵達に羽交い締めにされているリリムの叫びも空しくアガレスの剣は振り下ろされ、リリムの主の首は彼女の目の前で切断された。


 目を背けはしなかった。はっきりとその目に焼き付けた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リリムは力の限り叫んで、そして力尽きたのかがっくりうなだれた。


 いや、力尽きたのではない。哀しみを怒りに転嫁するのに少しの時間を要しただけだ。


「許さない……決して許しません……」

 砕けるほど強く歯を噛みしめ、眼球が破裂するほど強く彼らを睨みつけた。


「ダンタリオン! アガレス! ヴェパル! フラウロス! マルコシアス!」

 全員の顔をその目に、心に、脳に刻みつける。


「絶対に許しません! 何があろうと全員殺します! この手で必ず!」

 心弱きものならそれだけで心臓が止まってしまうほどの形相で彼らを睨みつけたが、当の本人達は涼しい顔でニヤニヤ笑っているだけだ。


「もういい。黙らせろ」

 ダンタリオンのその号令でリリムの周りを槍を持った近衛兵が取り囲んだ。


「殺しちゃダメよ。それはもうアタシのものなんだから」

「……とのことだ。殺さん程度に痛めつけろ」

 新たなる魔王とその弟たちはそう言い残して部屋から次々去って行った。


 リリムを羽交い締めにしていた近衛騎士がその戒めを説いた。と同時に腰に佩いていた剣を抜き、リリムに斬りかかる。


 しかしリリムはそれを予見していた。素早く騎士の懐に入り込むと、騎士の肘に一撃を食らわせ、その衝撃で手放した剣を奪う。


「ぐぽあ……!」

 そのまま鎧の隙間から騎士の喉をひと突き、絶命させた。


 その手際に周囲の騎士達は一瞬怯んだが、すぐに立て直した。リリムを取り囲んで全方向から串刺しにしようとしてきた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」


 裂帛の勢いで正面の一人に狙いを定めて飛びかかる。槍を足場に飛び上がり、そのまま先ほどと同じように正面の騎士の鎧の間に剣を突き入れた。

 脳髄に剣を打ち込まれた騎士はそのままどうと倒れる。


 バランスを崩したリリム目がけ、八人の騎士達が同時に槍を突き出してきた。

 咄嗟の判断で三本目まではかわしたが、 そこまでだった。


 槍が次々襲いかかり、リリムの全身を切り刻む。


 全身からおびただしい量の血を流しながら、それでもアガリアレプトの遺体へとすがりつこうとしたリリムであったが、その身体に二度と触れることは適わず、意識は暗転した。

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