こいつは家族じゃない
「げほっ、ごほっ……」
白いテーブルクロスをアガリアレプトの血が赤く染めた。
「な、何を……毒か?」
「馬鹿な! 毒味は問題なかったと――」
驚いたのは魔王と皇太子のみだ。
「遅効性の毒ですよ、父上」
静かに次兄のダンタリオンが立ち上がった。この件についてまだ何も発言していなかった皇子だ。
「純粋なデモン族であればどうということのない量でも、人間との混血であるアガリアレプトには遅れて効果が出る。そういう調合を見つけ出すのに難儀しましたよ」
「貴様、何をしたのかわかっているのか! こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
魔王がダンタリオンを睨むが、次兄は魔王を冷ややかに見下ろした。
「そうかい」
その時、魔王の背後に何者かが立ったのが気配でわかった。
その何者かはゆらりとこの場には決して持ち込めないはずの両手剣を振り上げて――
「やれ、アガレス」
「承知」
兄弟姉妹の仲で最も武闘派のアガレスは魔王が振り返るよりも早く剣を振り下ろした。
鈍い音とともに魔王の首は跳ね飛ばされ、物言わぬ肉塊となった。
「貴様! 何をしている! これは明確な反逆行為だぞ! 近衛兵、この反逆者を殺せ! 第一級命令だ!」
ようやく衝撃から立ち直ったバエルが周囲の近衛兵達に命じるが、誰一人動こうとはしない。
「まさか、ここにいる全員……?」
「いいや?」
近衛兵から剣を受け取ったダンタリオンがテーブルの反対側に座っていたバエルのところまで歩いてくる。
「料理人も毒味もメイドも――この城のすべてですよ、兄上」
そのまま無造作に皇太子の身体を彼が座っている椅子の背もたれごと貫いた。
「ぐは……っ!」
バエルはそのまま椅子に縫い付けられ、もがくこともできず血を流し続け、やがて顔を真っ白にさせてそのまま息絶えた。
「まさかこの場でアガリアレプトに魔王位を禅譲するなんて馬鹿なことを言い出すとは思いも寄らなかったが、すべては予定通りだ」
「そのために兄弟姉妹全員が集まったのですからねぇ」
残った弟妹達がクスクス笑った。
魔王と皇太子が死んだことを確認したダンタリオンは高らかに宣言した。
「魔王陛下は後継者の指名をせぬまま本日、崩御された。皇太子殿下亡き今、皇位継承順に則り、このダンタリオンが魔王位に就く。意義のあるものは今すぐ申し出よ!」
その場にいた全員が背筋を伸ばし、賛意を露わにした。
ただ一人、テーブルの上で血を吐くアガリアレプトをのぞいて。
「お前達……こんなことをして……どうする……つもり……」
その様子をまるで道端に捨てられたゴミを見るような目で見つめる血を分けたはずの兄弟達。
「あらぁ? この人間、まだ息があるみたいよ? フラウロス、あんたの毒、効いてないんじゃないの?」
「あァ? そんなワケないだろ、ヴェパル姉。もうコイツは死にかけさ。ろうそくの炎も消える前に一瞬大きく輝くだろ?」
「もういいだろ、こんな奴のことを気にするのは。こいつは家族じゃない。臭い人間だ」
「ふふふっ、昔は『お兄ちゃん、お兄ちゃん』って後をついて離れなかったのにねぇ?」
末弟のマルコシアスが吐き捨てるように言ったのをヴェパルが楽しそうにからかった。
「だからだよ。私を騙したこの人間に死をもって償わせるんだ」
「なるほど、確かにそれは正当な怒りだ。ではこの人間を殺す役割は我が弟、マルコシアスに授けるとしよう」
「ありがとう、ダンタリオン兄。いや、魔王陛下」
「ふふ、陛下か……いい響きだ」
父殺しの子供達が静かに笑う中、ただ一人取り残された混血の皇子は体温と思考が失われていくのを感じていた。
「来てくれ……おれの所に……リ……ム……」
そんな中、アガリアレプトは最後の望みをつぶやいた。
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