魔王陛下のもとに勝利の知らせをお届けしましょう

「今年の税収は――」

「領地の経営が――」

「地方軍の編成を――」


 宴では主にそれぞれの皇子皇女が治める領地のことが主な話題になっていた。帝国では東大陸の全土を多くの領地に分け、領主達がそれを治めている。魔王の子女たる彼らも例外なく広大な領地を持つ領主であった。


「……………………」

 そんな中でも、アガリアレプトに話しかける者はあまりいなかった。時折、魔王サタナキア六世と皇太子バエルが先の戦い――西大陸が領土であると主張している叛徒どもとの戦い――についての顛末を聞くくらいであった。




 世界には東西ふたつの大陸があり、両大陸は北部で繋がっている。ちょうど「ヘ」の字の形のようになっていると言われている。

 古来、世界には大陸はひとつしか知られておらず、帝国はそのすべてを支配する唯一の国家であった。


 しかし今から約七十年前、『世界の屋根』と称されるギガンティス山脈の向こうに新しい大地が発見されたのだ。


 帝国が支配する大陸と同じくらいの大きさの新たなる大地――西大陸と名付けられた――には、驚くことにかつて帝国から逃げ出した弱き者どもが集まって暮らしていた。


 世界のすべては帝国の領土である。当然新しく見つかった大陸も帝国のものであるから、帝国は速やかに支配体制を整えるべく軍を派遣した。


 そこで事件は起こった。


 西大陸を支配するという、“王国”を自称する叛徒どもによって帝国軍は奇襲を受け、壊滅したのだ。

 その時以来七十年余、帝国は叛徒どもに対する懲罰戦争を続けている。


 しかしギガンティスの山々を越えるのは強大な戦力を持つ帝国であっても容易ではなかった。山越えの後に待ち受ける王国軍の攻勢に対し、帝国軍は思ったような成果が得られなかった。

 選局は膠着状態に陥り、そのまま数十年が経過した。


 事態が動いたのはつい最近である。第六皇子アガリアレプトが討伐軍司令官の任についたのだ。


 戦争初期こそ討伐軍は帝国軍の花形で、将来を有望視された将軍や、時には魔王自身が遠征に出ることもあったが、いつしかそこは出世の袋小路になっていた。成果が得られないからだ。そのようなポストに人間を母に持つアガリアレプトが就任したのもある意味当然の成り行きだろう。


 しかしアガリアレプトは意気揚揚とその任に就いた。

「私にお任せ下さい。魔王陛下のもとに勝利の知らせをお届けしましょう」

 アガリアレプトは父魔王と兄弟姉妹の前でそう宣言したという。


 アガリアレプトはまずギガンティス山脈に巨大な要塞を建設した。

 ヴレダ要塞と呼ばれるその要塞に部隊を常駐させて王国に対してプレッシャーを与えるとともに、兵站を整え、遠征軍がここで体勢を整えてから西大陸へ打って出られるようにした。


 それからは連戦連勝である。アガリアレプトの見事な用兵もあわさり、王国軍を少しずつ磨り潰していき、やがてほぼ壊滅させた。討伐軍は再び花形に登り詰め、人々はアガリアレプトを熱狂的に支持した。


 それでもアガリアレプトは慢心することはなかった。王国が異世界から“勇者”を召喚するという情報を掴んだからだ。


 異世界からやってくる勇者は神から能力を授かり、文字通り一騎当千の力を得るという。これに対してアガリアレプトは数で対抗することにした。勇者とその仲間たち四千に対し、五倍の戦力である二万の軍勢を用意した。


 結果、こちらの被害も甚大であったものの、敵勇者の過半数を壊滅に至らしめた。


 なお、帝国兵も無視できないほどの損害を受けていたが、この場にそれを気にする者はいない。

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