帝国の未来に
周囲を重武装の近衛騎士達が守る中、別室に用意されたテーブルに皇子皇女達が座っている。その並び順は皇位継承順である。
魔王が座るべき上座はまだ空席であったが、次席から順に皇太子・バエル、第二皇子・ダンタリオン、第三王子・アガレス、第一皇女・ヴェパル、第四王子・フラウロス、第五皇子・アガリアレプト、第六皇子・マルコシアスの順だ。
彼ら皇子皇女の視線は一点に集中している。すなわち、第五皇子のアガリアレプトだ。
「臭いわね。何か臭わないこと? そうね、強いて言えば人間臭いわね」
「ヴェパル姉さん、それは仕方ないよ。この場にどういうわけか人間がいるのだからね」
「それにしても視野に人間が入るってのはこうも不愉快なものかね。しかもそれが魔王家の中に紛れ込んでるときたもんだ」
その言葉に三人の皇子皇女達はクスクスと笑う。それを長兄のバエルがたしなめる。
「やめないか、ヴェパル、フラウロス、アガレス。同じ魔王に連なる者どうし、もう少し仲良く……」
「何言ってるんだ、バエル兄さん。民の中にはアガリアレプトを次期魔王にって声もあるくらいなんだぞ。もっと皇太子としての自覚と危機感を持ってくれ。万が一簒奪なんてことになってみろ、人間が魔王になるなんて、魔王家の恥さらしだ!」
皇位継承第二位のダンタリオンが机を強く叩いた。まだ料理の運ばれていない空の皿や食器類が跳ねて甲高い音を立てる。
文武両道に優れるアガリアレプトは民衆人気も高く、密かに次期魔王に推すものも多いと噂されていた。
「いやぁ、民が望み、父上が認めるなら私はアガリアレプトに皇太子の位を譲っても……」
「何言ってるんだ兄さん! こんな人間に……」
ダンタリオンが机を挟んで反対側に座る
その時、この部屋に三つあるうちのひとつの扉――上座の背後にある扉が静かに開かれた。魔王が出入りするための扉である。
近衛兵に続き、普段着に着替えた魔王サタナキアその人が晩餐の間へと入ってきた。
魔王はすぐにその場の雰囲気を察したのか、問いただした。
「何かあったのか?」
「い、いえ……何でもありませんよ、父上。ねえ、兄さん?」
「え? ああ、そうだね。少し話が盛り上がっただけだよ」
魔王が席に着いたのを確認して、別の扉が開き、そこから続々と料理や酒が運ばれた。牛をまるごと一頭使ったものやこの日のために七日間煮込んだスープ、雌鶏がその生で最初に産んだ卵をふんだんに使った卵料理など、帝国全土から取り寄せられた最高級の食材を使った料理に加え、数々の料理に最適とされる百年ものの葡萄酒など、いずれも帝国の他のどこであっても用意できないほどの贅を尽くしたものである。
それぞれの席に着いたメイドの手によって各々が手に持ったグラスに葡萄酒が注がれた。
全員に葡萄酒が行き渡ったことを確認し、魔王がグラスを掲げる。
「みなグラスは行き渡ったようだな。では、帝国の未来に」
「帝国の未来に!」
魔王の温度で全員が手に持った葡萄酒を飲み干した。主人の号令のもと、最初の葡萄酒をひと息に飲むのは帝国での礼儀である。
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