何なんですか、あなたは!
「最初に潰させてもらいます!」
軍から支給された剣を片手に、敵司令官に向かって飛びかかる。
リリムがイシルウェの救援に向かえなかったことと同じように、女騎士もワーキャットも救援には向かえない、そんな距離であった。
「死んでもらいます!」
子供に見せかけたのはこちらの一瞬の躊躇を期待してのことなのかもしれないが、リリムは全く躊躇することなく冷静に子供の首目がけて剣をなぎ払う。
リリムの瞳に敵の少女の姿が映った。その瞳にはリリムの赤い髪が映っていた。
「…………!?」
「…………!!」
その時である。奇妙な感覚がリリムを取り囲んだ。
時が止まる。
目の前の少女――幼女と言っても差し支えない見た目だ――から目が離せない。
いつの間にか剣を振っているはずの手からは剣が失われ、棒立ちになっているがリリム自身は気づいていない。
こんな奇妙な感覚を味わうのは初めてのはずなのに、既視感を拭い去ることがどうしてもできなかった。
相手が手を伸ばしてきた。ほんの少女がただ手を伸ばしてきただけなのに、リリムはびくりと身体を震わせて後ずさってしまった。
「な、何なんですか、あなたは! わたしに何をしたのですか!」
リリムは叫んだ。しかし、それは声になっているかさえも怪しく、目の前の少女には通じていないことが直感的に理解できた。
帝国と叛徒どもは言葉さえ違う間柄。しかし、そういうレベルではない絶対的な隔絶があるように思えた。にもかかわらずどこか奥底で理解し合えるような感覚。
生まれて初めての奇妙な感覚にリリムはただ戸惑っていた。
あの子は――あの少女も同じように思っているのだろうか。
今も目の前にいる少女を見ているうちにそんな思いに駆られたその時。
あの奇妙な感覚が消失した。
芽吹きの季節を迎えているカールトン川の川辺と、春らしい穏やかな青空、まだ冷たさが残る空気、河原を踏みしめる草の感触、そして手に握る剣の感触が蘇っていた。
気がつくとリリムは少女の首筋に剣を当てた状態で動きを止めていた。
敵の目の前で集中力を切らし、動きを止めていたという軍人としてあるまじき失態にリリムは軽くめまいがした。しかし、どういうわけかそのまま剣を滑らせるという発想には至らなかった。
この少女を本当に今、殺してしまってもいいのだろうか。
どういうわけかそういう考えが頭から離れない。冷静に考えてこの作戦の成否を握っているのは間違いなくこの少女であるにもかかわらず。
「イリス……!」
そうしている間に爆発に巻き込まれたのか、女騎士が身体に火を付けながら猛然とやってきた。その後ろではイシルウェが黒焦げになって倒れていた。
「ここまでですね」
自分以外の仲間三人が倒されたという事実にリリムは素早くリスク計算を行い、これ以上の交戦は無意味であると判断し、逃げの一手に出ることにした。
目指すは川の下流、街の方角である。
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