文句ならこのヒョロガリ耳長野郎に言ってくれ!

「しかし、何故この私がたかが人間ごときと行動をともにせねばならんのだ」

 気位の高いエルフのイシルウェが神経質そうな顔で毒づいた。


 帝国では強さこそがすべてと言われるほどの極端な弱肉強食の世界である。強い者がすべてを得、そうでない者はただ虐げられるのみ。

 その帝国において、筋力もなければ魔法が得意でもない人間族は最下層の種族として知られていた。


「それはですね、王国の人口構成を考えてのことです。王国の半分は人間なので、潜入パーティーの中にも人間がいないと不自然だと殿下はお考えなのです」

 イシルウェの嫌味にも動じることなく、リリムは笑顔でエルフに説明する。


「本当ならもう一人くらい人間族のメンバーがいればよかったんですけどね」

 リリムは人間にしては剣術も優れているし、魔法の心得もいくらかあった。あくまで『人間にしては』というレベルだが。


「ちっ。これ以上臭いのが増えてもらっちゃたまらんぜ」

 イシルウェが吐いて捨てるが、リリムは気にした様子はない。彼女にとっては悲しいことに、この程度は日常茶飯事なのだ。


 しかし、その他の者にとってはそうではなかった。ドワーフのナールが慌ててたしなめる。


「おい、それくらいにしておけ。あいつは殿下の側近だ。殿下の耳に触れたらただじゃ済まないぞ」

「ちっ。殿下も何が良くてこんな……」

 言いかけてエルフは口をつぐんだ。さすがにこれ以上はまずいと思ったのだろう。


 そのまま四人は言葉を発することなく、川沿いに歩を進めていった。


「いい天気だな。占領したらここで暮らすのも悪くないと思っている」

 ナールがぼそりと漏らした。この西大陸では東大陸から逃げ出したドワーフも多く住んでいると聞いている。まだ肌寒いものの、季節は春を迎え、ドワーフにとってほどよい温度であることもあってか、彼には魅力的な場所に思えた。


「くくく……」

 イシルウェが笑った。ナールはひげ面をエルフに向け、不愉快そうに聞く。


「何だよ」

「いや、穴ぐら生活のドワーフが太陽の下で暮らしたくなったのかと思うと、おかしくてな」


「何だと! 貴様らエルフこそ日の当たらん森の中で暮らしてる野蛮人だろうが!」

「ほう……。我らがエルフの聖なる森を愚弄するか。よほど死にたいようだな」

 一触即発のエルフとドワーフ。今にも剣を抜いて斬りかかりそうな勢いの二人の間に、リリムが割って入る。


「やめてください! 今わたし達は開拓村からカールトンに仕入れにやってきた村人なんですよ。いがみ合っていては目立ってしまいます!」

 しかし、人間であり実力も彼らに適わないリリムに彼らを止めることはできなかった。


「文句ならこのヒョロガリ耳長野郎に言ってくれ!」

「貴様ごとき人間に命令される筋合いはない!」

 いよいよ収拾がつかなくなってきた。最悪の場合、彼らを帰還させ、自分だけで街に潜入して作戦を遂行しようかと思った。その時である――


「オイ、アレヲ見ロ」

 普段は寡黙なリザードマンの戦士ガ・ルービが口を開いた。皆、彼が指さした方を見る。


 そこには、大河カールトンにかけられた大きな橋があった。

 あれが町外れの橋なのだろう。ここまで敵に見つかることなく街の入り口までやってくることができた。


「行きましょう。任務を果たし、アガリアレプトさまのために、帝国のために役目を果たしましょう」


 リリムの一言に皆が頷いた。目つきが変わったとリリムは思った。そこには先ほどまでにいがみ合っていた不満のある兵士ではなく、任務のために全力を尽くすプロの軍人がいた。


 リリムはフードを被り、橋の向こう、カールトンの街目がけて歩き出した。三人の精鋭達も後に続く。

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