こいつは家族じゃない

夜中にこっそり来る方が怪しまれるというものです

 十二年後。西大陸、カールトン近郊――




「おい、本当にこんな所を白昼堂々と歩いて大丈夫なのか?」

「大丈夫です。さっきも言ったとおり、上流の村の人々はここを通ってカールトンまで買い出しに来ているのです。むしろ、夜中にこっそり来る方が怪しまれるというものです」


 ふたつの大陸を隔てる『世界の屋根』と称されるギガンティス山脈から流れ出で、麓の農業都市・カールトンを貫いて北の湖に流れ出る大河カールトン。その川辺を今、四人の男女が歩いている。


 あらかじめリサーチしていたとおり、四人はカールトン近くの新しい開拓村の住民がいかにも着ていそうな端布を縫い合わせた粗末な身にまとい、足取りもばらばらに大河のほとりを歩いている。


 一見、田舎の村人が都会であるカールトンに買い物に来ているよくある風景にも見えたが、その足取りには油断がない。


 そう、彼らは村の人間ではなかった。それどころかカールトンの街が所属するルーシェス王国の民ですらない。

 ギガンティス山脈を越えた反対側、東大陸全土を支配する帝国に所属する軍人だ。


 帝国――魔王が代々支配する絶対君主制国家であり、世界に国はひとつしかないという考えから、国の名前はなく、ただ“帝国”と呼ばれている。

 帝国によると、帝国は世界のすべてをその版図に持つので、この西大陸も当然帝国のものであり、“王国”などは存在しないという立場なのだ。


 今、カールトンの街は帝国軍の猛攻に晒されている。ギガンティス山脈を越えて進軍してきた皇子アガリアレプト率いる西大陸遠征軍による総攻撃が行われている最中なのだ。


 対する王国側――帝国では彼らを国と認めず、帝国の支配に反抗する“叛徒”と扱っている――は、幾度にもおよぶアガリアレプト率いる遠征軍の攻撃によってその軍勢はほぼ壊滅、帝国軍の手に落ちるのも時間の問題と思われていた。


 しかし叛徒どもは予想外の奇策に打って出た。

 異世界から勇者を――しかも千人も――召還したのだ。


 精鋭をもって知られたアガリアレプト軍であったが、異世界からの勇者の能力はまさにチートと呼ぶのにふさわしく、五倍の戦力をもってしても形勢不利と言われていた。


 戦略家としても名声をほしいままにしているアガリアレプトであったが、この戦いでは敢えて愚直に敵勇者パーティーを正面から愚直に攻め立てていた。


 カールトンは農業都市として知られるほど周囲に広大な田園地帯を持ち、見晴らしも良く身を隠すことは不可能であるからそれ以外の戦術を採りにくいということもあったが、もうひとつ理由があった。


 素人は戦略を語り、玄人は兵站を語る――その言葉に忠実な司令官はこの肥沃にして強健な土地を攻め立てるにあたって戦場の後方にあるカールトンの街に着目した。


 “農業都市”とも言われるカールトンの街はその周囲に広大な田園地帯をもち、その旺盛な生産力によって前線の兵士達を支えている。


 それは帝国にとって脅威であったが、同時にアキレス腱でもあった。


 正面で本体戦力が戦っている隙に後背から街に潜入し、火を付ける。破壊工作である。

 平坦を失った王国軍――勇者たちは混乱し、戦意を失い、たちまち瓦解するであろう。


 その重要な任務を達成するために選抜されたアガリアレプト麾下の精鋭四人が周囲の村人にも見えるこの四人組である。


 潜入工作に長けるドワーフ族のナール。剣術の達人であるリザードマン族のガ・ルービ。魔法の中でも特に幻影の類に特化したエルフ族のイシルウェ。そしてこの作戦の立案者でもある人間族のリリムである。


 彼らはこのまま川沿いを歩きカールトンの街に潜入し、街に火を放って敵の兵站を潰すと共に街に混乱をもたらすことを使命としている。

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