第7話 ありがたい被害者と迷惑な素人
マオーバの残党は五つのスーツケースを旅館に置いた!
そこから湧き出した五十を超える機械触手は瞬く間に旅館を乗っ取る。
さらに触手は地下の大浴場にコアと呼ばれるメインコンピューターを作りはじめた!
これが完成すれば高級旅館はマオーバの基地に変貌し、かつての栄光(マオーバからすれば)を取り戻すための足がかりとなる。
と、まあ、残党員からすれば、旅館に忍び込んでスーツケースを置くだけの簡単なお仕事なワケだが、どういうわけか上手くいかない。
機械触手に不具合があるのか、ケースに戻ってしまうし、そのせいで人質にしようと閉じ込めておいた滞在客に逃げられる。
触手の数が足りないからコアの完成にいつも以上の時間がかかる。
おまけに恐ろしく強い人物が残党員を次から次へとぶっ倒していって、党員同士の繋がりが無くなり混乱状態。
彼らはこの停滞の原因をこう考えた。
シルヴィに先回りされている!
今回の作戦が失敗に終わったと認めるほか無かったが、まさかシルヴィではなく、二人の姉妹と蕎麦屋の息子に振り回されているとは思いもよらない。
そしてシルヴィはシルヴィで、現場の状況に面食らっていた。
大急ぎで駆けつけたときにはもう敵のほとんどが倒れている。
さらに、逃げ遅れる可能性が高いと思われていた人達全員が屋上に避難していたから、救助活動も迅速に終わる。
おまけにマオーバの残党が置いたスーツケースがどこにあるか、さらにコアが大浴場で作られていて、どういう形状をしているかなど、事前に知りたいと思っていた情報が、ことごとく詳細なデータとして旅館の女将さんから提出されたのだから、そりゃ天下のシルヴィも驚くばかり。(これにはもちろん桜帆が深く関わっている)
指揮官に任命されていた
ファッション誌の表紙を飾るほどの美しい容姿を持つ、自称「シルヴィのカリスマ担当」で、優れた超能力をもつ熟練のヒーロー。
そんな彼も事故対応の見事さに感心したようだった。
「山梨県の皆さんは日頃から防災意識が高いんだなあ」
という結論に達したようだが、マオーバの連中と同じで、まさか三人の学生がここまでやってのけたとは考えもしない。
とはいえ、現地住人の素晴らしい対応のおかげで、このミッションはかなりイージーになったと仁内は判断した。
「杉村くん、聞こえるかな。思った以上に状況が好転している。あとはもうコアを破壊するだけだ。徹底的にやれ。なんなら配信してもいい」
耳に装着した無線機で部下に指示を出すが、
「それができないんです!」
部下はイライラしている。
「人質がいる! 今の作戦じゃ無理です!」
「人質……?」
そう人質。
所変わって大浴場、だった場所。
そこに機械触手が作り上げたコアがある。
バランスボールを血の色に塗りたくって、それを3つ4つくっつけたうえに、機械触手までくっつけた異様な造形。
SFホラー映画だと「マザー」とか名付けられそうな機械。
そいつの触手のひとつが本郷琉生をつかみ、まるで魔除けの札のように突きつけているので、シルヴィの隊員たちは踏み込めない。
「ちょっと何捕まってんのっ! 攻撃できないじゃん!」
文句を言うのは
最近シルヴィに参加した若き超人であり、その見た目の麗しさからモデルも兼業しているというエース候補だ。
「すいません! 油断しちゃって!」
琉生は玩具のようにコアにいたぶられていた。
けん玉の玉のように回されたり、手の甲の上のボールペンのように回されたり、とにかくやたら回されている。
大浴場は触手のせいで天井に大穴が開いており、仁内はその穴を使ってコアの近くまで降りてきた。
「心配するな青年! 私らが来たからにはもう大丈夫!」
舞台役者のようなパワフルな発声で叫ぶ。
テレビで見たことある有名人の姿に琉生は安堵し、助かったと笑顔になった。
「今から私が言ったとおりのことを言うんだ! いいね!」
ブンブンと首を縦に振る琉生。
「僕のことは構わず敵を倒してください! さあ言って!」
「あの、それは無理です!」
「だろうねえ」
困り果てた顔で杉村を見る仁内。
「どうしようか」
なに言ってんだこの人と、呆れた顔をする杉村光。
「私に聞かないでくださいよ……、孔明もびっくりの天才策略家って聞いてたんですけど、何も思いつかないんですか?」
首をかしげる仁内。
「あんまり早く解決しちゃうと、すぐ帰るはめになるだろ? せっかく山梨に来たんだから、信玄餅とか、信玄ソフトとか、水信玄餅とか、信玄ラーメンとか、食べたいじゃないか……」
「信玄ばっかり……」
ちなみに信玄と名が付くラーメン店は山梨には無いので勘違いされないように。
「あのすいません!」
メトロノームの針みたいになっている琉生が二人の超人の気を引く。
琉生は必死の形相で合図を送っていた。
その視線の先には、彼の手を離れ、ガレキの上に落ちた熊虎銃がある。
銃をじっと見つめたあとは、天井をにらみ、そして仁内に何度も頷く。
機械にはまだ到達できない人間のワザ、アイコンタクトというやつだ。
「ほう、おもしろい」
仁内はにんまり笑うと、すぐに動いた。
その能力で遠くにあった熊虎銃を引き寄せ、がしっとつかむと、ためらいなく天井目がけて撃ちまくった。
大浴場には無数の機械触手がうごめいていたのだが、そいつらが一斉に元いたケースに戻ろうと動き始める。
桜帆が言っていたように、柱がわりとなっていた触手が無くなったことで、穴が開いていた天井の支えが完全に無くなり、巨大なガレキが雨あられと降ってくる。
コアの頭上にもガレキは降り注ぎ、その重い一撃にコアは耐えられない。
ガンガンガン! と立て続けに重い一撃を喰らって、灰色の煙が大量に噴き出してきた。
「やった!」
琉生は思わず叫んだが、当然彼の身にも危険は迫っている。
ガレキの下敷きになったら死ぬだけだが、当然、彼には確信がある。
絶対、あの子が来てくれる。
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