第11話 Case2  山田さんの場合

「12月の27日に大家さんがまた来るらしいよ」


 田中さんは共用スペースでカレンダーをめくっていた。そこには山田さんとカゲローさんと宇宙人くんも居た。


「うわっこのコーヒーまずっ!」


 山田さんが叫んだ。


「そのアイスコーヒー消費期限切れですよ。」


「え?そうなの、共用スペースにずっと置いとかないで捨ててくれよ、こういうの。」


「他人が買ってきたもの勝手に捨てるのは悪い気がして…。」


「別に誰が買ってきたっていいじゃない。」


「そうですかね……。大家さん何しに来るんだろう、久々ですよね。」


「またお互いの近況の報告会かね。わざわざそんな事をせんでもお互いに勝手にやってればいいじゃねぇか。」


「まぁまぁ、カゲローさん、それだとこのアパートの存在意義が無いじゃない。」


「まぁ皆さん、報告会までそれぞれがんばりましょう。」


「そうだね。頑張ろう。」


 皆それぞれの仕事に戻っていった。


山田さんはパラレルユニバースの二人に用事があって電話した。彼は彼らにどうしたらお店の知名度を上げられるのか、共用スペースで相談しようと思っていたのだった。


「山田さん!新しいお店を出しましょう!お店に知名度がないのは、オカルト骨董品店という特殊性のせいもあると思いますが、なにせ、こんな住宅街のアパートの一階にあっても誰も気づかないからですよ!」


「そうですかね、新しくお店出すのはすごくお金がかかるし…。」


「都内の駅近くに2号店を出しましょう!、またグッズなどを作ってオンラインで販売するという手もあります。資金は私達が工面しますよ。」


「それって借金じゃないんですか?出世払い的な?」


「私達の支援金は、返す必要ありません。私達の稼ぎは別の所にあるので。」


「どこからですか?」


「ある広告会社から支払われてるんです。名前は言えませんけど。」


「そうなんですか」


「異世界に行くために借金する必要なんてないんです!一緒に頑張っていきましょう!」


 その1週間後、山田さんは共用スペースで宇宙人君に会う。


「やぁ、こんにちは。」


「こんにちは、山田さん。」


「最近、骨董品店の景気はどうですか?」


「ぼちぼちだね。最近はオカルト好きがネットで拡めてくれているみたいで、それで来てくれる人もいるのだけど、…。駅前に2号店を出そうと思ってるんだよ。」


「!…。パラレルユニバースですか?」


「そうだよ。資金を工面してくれるらしいから…。」


 彼は宇宙人くんがその名前に強く反応したので驚いた。


「そのことなんですけど、パラレルユニバース、やっぱり怪しくないですか?」


「え?何で?」


「僕、パラレルユニバースについて自分で調べたんですけど、図書館にはもちろん、ネットにも、手掛かりがまったくないんです。唯一ネットの掲示板にそのことを書いてるやつがいたんですけど、そいつに会いに行ったら、近くに住んでた人がそいつはある日突然に行方不明になったって…。」


 山田さんはこれまで前澤の関係者だということで、パラレルユニバースを疑ってこなかった事に気づいた。


「でも、あの七星ひかりを影で支えていた組織なんだろ?前澤くんの知り合いだし、疑いたくないけど…。」


「その七星ひかりも、デビュー前の経歴が全く掴めないんです。そこだけわざと隠しているかのような…。出身地も、日本人であるかも分からない。闇の中なんです。もちろんパラレルユニバースとの繋がりも分からないんですけど。」


「………。」


「もしかしたら、前澤さんも騙されているのかも…。」


 だが山田さんは前澤を信じたかった。


「それでも僕は信じようと思うよ。ここで諦めたら、前澤くんに顔が立たないよ。多少不確定要素があっても、前澤くんが持ってきてくれたチャンスを無駄にしたくない。」


「そうですか、分かりました。でも気をつけてくださいね。」


「おう、分かったよ。」 


 翌日、パラレルユニバースの徳井から連絡が入る。


「駅前に20坪で賃料40万円の物件が見つかりました。内見に来てみませんか?」


「是非お願いします。」


 彼は宇宙人君が言ったことで少し不安だったが、前澤を信じようと、その考えをうっとうしいハエのように振り払った。


 物件は駅前8階建てのビルにあり、そこの一階が空いたということだった。築何十年か分からない、ボロい雑居ビルなのだが、隣には家系ラーメン屋があるし、駅の東口から良く見渡せる所にあり、人通りも多いので、彼は気に入った。ハエのような心配事は吹き飛んでしまった。


「内装を工事しなければなりません。オーナーに払う敷金、礼金、工事費用、賃料などは私達が負担します。内装をどんなものにしたいか、考えてください。」


「分かりました。」


 翌日、山田さんはアパートで田中さんの部屋に向かう。彼女に是非、骨董品店のマスコットキャラクターをデザインしてもらいたいのだ。


 彼女の部屋の前に行くと、ちょうど彼女が出てくる。


「わっ!…ひさしぶり」


彼女は3枚くらい大仰な買い物袋を持っている。彼女は眼の前に餌が置かれた犬のようにソワソワしているが、目を合わせてくれない。


「私これからショッピングで急いでるんですけど、何の用ですか?」


「あの、田中さんにお仕事を頼みたいのだけれど、代金を払うからウチの骨董品店のマスコットキャラクターを考えてくれないかな?」


「ええー…。今ちょっと忙しいんですよ。お金にも困ってないしね。悪いけど他の人に頼んでくれません?」


「分かったよ、ごめんごめん、行ってらっしゃい。」


 彼女が行こうとすると、今度は宇宙人くんが廊下にやってくる。


「田中さん、もう散財するのやめましょう!パラレルユニバースに騙されてますよ!」


「は?どこで知ったの?……気持ち悪い!うるさいわね、あたしのプライベートまで入ってくるんじゃねえよ!」


 山田さんは彼女の豹変ぶりにびっくりした。まるで凶暴な獣のようだった。彼女はそのまま行ってしまう。


 宇宙人くんが話しかけてくる。


「田中さん、パラレルユニバースから支援されたお金でパチンコに行ったり、買い物しまくったりしてるみたいですよ。」


「ええ?そうなの?」


「パラレルユニバースの二人はその事を分かってて黙認してるみたいです。何が目的か分からないですけど。」


「そうなんだ…。」


 彼は何故宇宙人くんがそんな事を知っているのか少し疑問に思った。そして田中さんの事が心配になった。山田さんはしょうがないから、自分でマスコットキャラクターを考え、そのグッズを知り合いの工場に発注した。UMAをデフォルメした、子供ウケのしそうなとっつきやすいキャラクターである。あまり貯金がないのでそれでお金が底をついてしまう。キャラクターの出来には自信があり、そういえば学生時代美術の成績が5だった事を思い出した。彼はなんだかたんぽぽの綿毛のようなフワフワした浮遊感がありつつも、嬉しかった。自分の商売が規模を大きくすることが。その種がどんな花を咲かせるのか、楽しみだった。


 内装の工事も思うように進み、ついに開店の日が来た。店内は所狭くオカルト骨董品が並ぶ。店の看板や壁にはマスコットキャラクターのネッシーくんのイラストが描かれ、親しみやすささえ感じさせる。インターネットでのグッズの販売も始めた。


 が案の定客が来ない。立ち止まってチラチラ様子を伺う人は居るが、すぐに離れていってしまう。やることがないので、店の掃除をしていたら、見知った客が来店した。


「山田さん、お久しぶりです。」


「あ、黒岩くん!ひさしぶり!」


彼はたびたび本店の方に来てくれる常連客で、ネットの広告で知って来てくれたらしい。背が低くて、黒黒と毛深く、まるでアナグマのような青年である。いつもお守りのように一眼レフを持ち歩いている。彼は東北の田舎に住んでいて、その為だけに遠くからわざわざ来てくれるのだ。


「UMAのキャラクターが可愛いですね。僕、ツイッターの友達にこのお店のこと宣伝しておきましたよ。」


「そうなんだ、ありがとう。お礼にサービスするよ。」


 山田さんは自分で作ったキャラクターのキーホルダーを持ってくる。


「ネッシーくんと、つちのこちゃん、ビッグフッドおじさん。これあげるよ。」


「え?いいんですか?ありがとうございます!」


 黒岩はそこで、いくつか持ち運べるくらいの骨董品を買い、店を後にした。


 それから1週間後…。客足は伸びない。売上は0だった。彼は残念な気持ちでいっぱいだった。道行く一般人にとってはオカルト骨董品なんて、道端に落ちている変わっている形の石ころみたいなものなのかもしれない。


「前澤くんは今頃なにしてるんだろう。いいなぁ、色んな人に相手にしてもらえて…。ウチが日の目を見る日は来るのだろうか…。」


 彼は物思いに耽り、彼が目の前に来るまで、パラレルユニバースの徳井が来店したことに気づかなかった。


「あ、徳井さん!すみません!」


「こんにちは。景気はどうですが?」


「やっぱり全然客足が伸びなくて…。期待に添えなくてすみません。」


「山田さん、まだまだこれは序章ですよ。まだ知名度が足りないんです。」


「そうなん…ですかね?」


「みんな新しいジャンルのお店に恥ずかしくて入れないんですよ!もっと店舗を増やせば知名度が上がって、皆自信を持って来店してくれるはずです!」


「そうですかね…。」


「都内と横浜に3号店と4号店を出しましょう!もう目星の物件は見つけてあるんです!従業員も雇いましょう。」 


 パラレルユニバースは従業員を雇い、骨董品を仕入れ、都内や横浜の物件を借りてくれた。賃料が何百万円の物件もあり、山田さんは流石に心配になってきた。ふわふわした浮遊感は不安定な不安に変わっていった。そして、新しい店舗を開業したが、相変わらず売上は0だった。


 彼は売上が全く伸びないことにイラついていた。パラレルユニバースの二人に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 「あーあ、結局運なのかなぁ、前澤くんのことが羨ましいなぁ。僕だって色んな人に僕のこと理解してほしい。お金だって欲しいよ。」


 彼はだんだんとお店に出向かなくなり、全て従業員に任せて、アパートの部屋に引きこもることが多くなった。


 ある日、本店に電話がかかってくる。


「横浜駅の駅ビルのイースタンビルのオーナーですが。今月の賃料をお支払いください。」


「ええ…それはパラレルユニバースの二人が…。」


彼はパラレルユニバースの徳井に電話する。


「おかけになった電話番号は現在使われておりません。」


「え?どういうこと?そんな、おかしいよ…。」


 ビルのオーナーに改めて電話するとパラレルユニバースは全てのテナントを10年くらいで契約していて、彼はすでに1千万円くらいの借金を作ってしまっていたことを知った。


 その時、店にバッドを持ったチンピラのような三人組がやってきた。


「チーッス、山田さん?あなた支払い能力がないのに嘘をついて契約したでしょ、ちょっと痛い目見てもらおうか。」


「なんですかあなた達は!」


 彼らはバッドで店に置いてある骨董品をメチャクチャにする。


 「ちょっと!」


 抵抗した山田さんはバッドで殴られ、気絶してしまう。


 店で起き上がると、もう夜になっていた。店の中はまるで大地震が起こったかのようにめちゃくちゃだった。


 彼は自分のアパートへ戻り、前澤に電話する。


「前澤くん、どういうことだい?パラレルユニバースなんてただの嘘つきの詐欺集団じゃないか!」


「え?どうしたんですか山田さん…。」


「彼らのせいで僕は騙され、1千万という借金を作ってしまった。キミは知ってたのかい、騙してたのかい僕らを。」


「いや、パラレルユニバースのことは七星さんに聞かないと、なんとも…。」


「見損なったよ、もう二度と君に会うことはないだろう。さようなら。」


 彼は電話を切る。


 それから借金の催促の電話がひっきりなしに鳴るようになった。彼はハリネズミのように布団の中に潜り込み、必死に耳を塞いでいた。スマホでツイッターを見ると、黒岩が山田さんについてツイートしていた。


「オカルト骨董品店の彼、なんか色々なビルとかに嘘の内容で契約して、夜逃げしたらしいですよ。まぁ元々怪しい人だとは思ったけど、ここまでひどいとはww。」


 彼は最後に残っていたスマホを見る気力さえ失ってしまった。


 「山田さーん、早くお金払ってくださいよ。ドアを壊して入っちゃいますよー。」


 有隣荘にまでヤクザが来るようになった。このままではアパートのみんなにまで迷惑が及んでしまう。将来にわたってお金を返すあてもない。彼は荷物もまとめ、アパートから逃げ出した。

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