第12話 Case3 カゲローさんの場合
「12月の27日に大家さんがまた来るらしいよ」
田中さんは共用スペースでカレンダーをめくっていた。そこには山田さんとカゲローさんと宇宙人くんも居た。
カゲローさんがアコギを弾きながら田中さんに絡む。
「ジャンジャカジャンジャカジャーンって感じ。田中ちゃんどうこのコード。」
「私にわかるわけないじゃない!素人なんだから。」
「素人にわかってこその音楽なんだがな、素人目線で答えてくれよ。」
「そういうのは前澤君に聞いて!」
「えー、大家さん何しに来るんだろう、久々ですよね。」
「またお互いの近況の報告会かね。わざわざそんな事をせんでもお互いに勝手にやってればいいじゃねぇか。」
「まぁまぁ、カゲローさん、それだとこのアパートの存在意義が無いじゃない。」
「まぁ皆さん、報告会までそれぞれがんばりましょう。」
「そうだね。頑張ろう。」
ジャンジャカジャンジャカジャーン!
皆それぞれの仕事に戻っていった。
ある日の夜カゲローさんは共用スペースで一人新曲を作っていた。
「少年も頑張っているのだし、俺も頑張んないと…。」
前澤が居ないので、彼は自力で曲を作らなければならない。ギター何度も鳴らしながら譜面にメロディーを書いていく。
「ふたりだと楽しいんだけどな…。少年も反応してくれるし…。一人で作るのって大変なんだよな。」
そこにパラレルユニバースの二人がやってくる。
「こんにちは、ちょっと隣にいいですか?」
「おう!少年の知り合いの…。なんだったっけ?ごめんなこの歳になると、名前が思い出せなくて…。」
「パラレルユニバースの者です。作曲なさってるんですか?」
「そうなんだよ。少年が居ないから、一人で作ってんだ。あ、せっかくだから演奏聞いてくれよ。」
「是非お願いします。」
「今作ってる曲のメロディーなんだけどさ、コードにさ、全然合わないんだよな。」
「感覚で作ってるんですか?」
「おれぁ学がねえからな。無理して2種類作ったから聞いてくれよ。」
カゲローさんが短い弾き語りをする。
「あとの方が良いですね。私も学がないので、感覚で、ですけど。」
「少年は理論派だったけどな。色々勉強してたよ。」
「そうなんですか。」
夜通し3人で盛り上がる。爽田の方がピアノの経験があり、話が盛り上がる。
「路上ライブでは少年と作った曲が結構評判良かったんだけど、少年の力を借りず作った曲がまだまだあって、聞いてくれよ。」
カゲローさんが何曲か弾き語る。
「すごいですね!才能あると思います!」
「えへへ、そうだろ!」
「カゲローさん、本物のステージで歌ってみませんか?」
「ええ?本物?」
「ええ、私達ならステージを借りることができますし、宣伝もしてあげます。もちろんお金はかかりません。」
「いや、路上ライブとかやってるし。」
「そんなとこでチマチマやってても有名にはなれませんよ。ここはドーンとチャレンジしないと。おじいさんの弾き語りなんて、それだけで珍しくて、集客効果がありますから。一緒にまだ見ぬ異世界へ行きましょう!」
「そうかなぁははは。」
それから3日後、カゲローさんはアパートのそばの駅で自分が映っているポスターを見かける。そこにはどこで撮ったのか、カゲローさんの弾き語りのアップの写真と影山カゲロー弾き語り会、77歳の挑戦!とテロップが書いてあった。彼はちょっと嬉しかった。
「もしかしたら彼らのプロデュースがあれば、俺も少年に追いつけるのかもしれない!」
パラレルユニバースの二人とライブのチラシを配ったりもした。得体のしれないチラシを受け取ってくれる人は少なく、皆あまり興味がない様子で、駅に行くとゴミ箱の横に使い捨てたちりがみの様に2.3枚それが落ちていた。
カゲローさんは路上ライブを継続した。前澤と一緒に作った曲は歌わなかった。自分の力で前澤と張り合える日を待ちわびていた。いつかのように、二人でステージに並べたら…。その時に、前澤に頼るのを想像するのは、真綿で首を絞められるように辛かった。路上ライブは前澤とやっていた頃に比べたら、集客は少なく、そのうち客も段々と離れていった。
youtubeで弾き語りを配信もした。試しに前澤と作った曲を配信してみたら、そちらは人気なのだが、彼が一人で作ったものは再生回数があまり伸びなかった。悔しかった。苦虫を噛み潰したようだった。でもまだ諦めなかった。
ある日の夜、彼は、ライブハウスで演奏する曲の練習を自室で行っていた。防音設備ではないので、音は部屋の外へ漏れてしまうのだが、周りの部屋は全部空き部屋なので、苦情が来ることはまず無かった。なので自分の曲を練習する時は1人自室で集中してすることにしているのだ。そこへ訪問者が現れた。
「おう、どうしたんだい宇宙人くん。」
カゲローさんは来客に対応するのが面倒くさかったが、宇宙人くんが深刻そうな顔をしているので、話だけでも聞いてあげようと思った。
「実はカゲローさんに聞いてほしい事があって…。パラレルユニバースの事なんですけど…。」
「あぁあぁ、親切な奴らでよう、俺の初めての100人入る様なライブハウスでの演奏会をプロデュースしてくれるんだ。俺は今から楽しみだよ。成功したら、少年だって俺のこと一目置くかもしれない。」
「それなんですけどね、いきなりライブハウスは性急すぎやしませんか?」
カゲローさんはライブに対する不安もあって、その言葉に少しカチンときてしまった。
「ん?チャンスが眼の前に転がってるのに拾わない奴なんているのか?」
「パラレルユニバースに騙されてますよ。正直に言いますよ。カゲローさん、有名になりたいのなら、自分の力でなりましょうよ。段階を踏んで。」
宇宙人くんは彼の触れられたくない所に遠慮なく触れてきた。そしてそれは全くの正論だった。カゲローさんは焦っていたのだ。彼は激昂した。
「俺にまだ音楽の魅力がないっていいてえのか!ええ?少年だって最初は人気のない漫画家志望だったのに日本一にまでなってるじゃないか!」
「だからそれは段階を踏んだからであって、それに運が良かったからなんですよ…。」
「出てってくれ…。」
「え?」
「俺の残り少ない人生でどうやって運を掴めって言うんだ!出てけ、出てけ、出てけーー!!」
宇宙人くんは逃げるように部屋を出ていく。
カゲローさんは年甲斐もなく年下の人間に本音をさらけ出してしまって恥ずかしかった。確かにこんな77歳のじーさんがライブハウスで演奏したってどれくらい客が入るのか分からない、でもこのチャンスを逃したらもう二度と次はないだろう。
彼は布団に潜って今日のことを忘れようとした。そしてそのまま眠ってしまった。
そしてその日が来た。100人程入りそうなライブハウスのステージ脇でカゲローさんは待機していた。100人のキャパで弾き語るのは初めてなので、真っ暗な暗幕の横で、彼は気が気じゃなかった。パラレルユニバースの二人が案内してくれる。
「ささ、どうぞ、カゲローさんのデビューの日です。」
パラレルユニバースの徳井はいつもと変わらず張り付いた笑顔でニコニコしていた。カゲローさんは眩しいライトに照らされる中、ステージに立つ。
100人は入りそうなライブハウスには誰もいなかった。人っ子一人。いや誰か一人居る。
一人ゴスロリ服を着た女の子がカゲローさんに寄ってきた。
「カゲローさんって前澤先生の知り合いなんですよね?前澤先生は今日は出られないんですか?私前澤先生に会いたくて…。」
彼は腐してしまった。ああ、前澤がいないと、自分には音楽的な魅力がないのだという事がやっと分かったのだった。
徳井はニコニコしながら、「まだまだ、これからですよ!何度でもチャレンジです!私達が支援しますから!」と言ったが、彼はその日はもう歌える気力がなかった。
それから何度かライブハウスを貸し切ってもらった。客はまったく入らなかった。その度に徳井は「まだまだ可能性はあります!」「しょげるのは早いです!」とカゲローさんを元気づけた。そして毎回、カゲローさんは心に目には見えない傷を負った。そしてそれは修復不可能なほどになってしまっていた。もう彼は穴ぐらの様な自分の部屋から出られなくなってしまった。
相変わらず徳井はニコニコしていたが、カゲローさんにやる気がないと見えると野良猫の様に自然に素早く去っていった。彼一人ぼっちになってしまった。
「どうせ俺なんか、この歳で何の価値もない人間なんだから。死んでしまおうかな。」
肌寒くなってきた頃、カゲローさんはアパートの近くの川で柵を乗り越え、飛び込もうとしていた。
「さようなら、少年。そして俺のギター、なんちて。」
彼は手に持っていたギターを思いっきり地面に叩きつけ、破壊する。そして、彼は黒くて冷たい川に飛び込む。つんざく様な水の冷たさが彼の身体の温もりを奪い、精神の方では様々な温かい思い出が駆け巡る。思い出の中で彼は小さい頃のまだよちよち歩きの娘とギターを弾いていた。
何者かが彼の腕を掴む。
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