第9話 日本一の漫画家
「いや〜すごい面白かったです、感動しました。」
「私も異世界に行きたーい!」
「家族の大切さが伝わってきました。」
「漫画からのファンですが、忠実に再現されてて大満足でした。」
「引き子の神隠し、今日本中で話題のこのアニメ映画は、このままだと興行収入がジブリ超え、いや鬼滅の刃をも超えると言われています!」
前澤はTVスタジオのセットの脇の暗がりで引き子の神隠しを扱った昨日のTVニュースをスマホで見ていた。彼は暗がりで、誰も見ていないのをいいことに一人でニヤついていた。自分の作品が日本の興行収入記録を塗り替えるかもしれないと思うと嬉しかった。しかし彼は不安にもなっていた。人前に立つのが嫌で漫画家になったような自分に今日のインタビューが務まるだろうか?明るいセットの方ではカメラマンや撮影スタッフ、タレントが忙しそうに右往左往している。
「本番入りまーす!」
「さ、行きますよ前澤さん。」
上品なドレスに着替えた七星ひかりが隣で優しく声をかけてくれる。前澤は我に返る。
「あ、はいはい、ごめんね。」
「さぁ今日は今超絶話題人気沸騰中のアニメ映画、引き子の神隠しの原作者の方に来ていただいています!それでは前澤友平さんです!どうぞ!!」
パチパチパチパチ!
前澤と七星ひかりとアニメのプロデューサーのアンドリューが明るいセットの中に出てくる。いつも仕事場の古いテレビで見ていた綺麗な女性アナウンサーが自分に話しかけてくる。
「いやぁ初めまして!私も引き子の神隠しの原作からのファンなんですよ〜。」
「あはは、そうなんですか。」
「今、興行収入が鰻登りで、話題騒然という感じですけれど、前澤先生はこの作品で訴えたかったことなどはありますか?」
「ええっとですね…それはね……。」
アナウンサーと前澤の会話がそこで終わってしまう。彼が正確に返答するために考えこんでいると、セットの中がまるで人っ子ひとりいないかのように静まり返ってしまう。生放送で撮りなおすことも出来ないので、彼に対して刺すような視線が注がれる。マスコミではできるだけ早く、分かりやすい情報が求められていることを彼は理解していなかった。
「実はですネ、引き子の神隠しは前澤先生の前の仕事場が影響してるそうなんデスヨ!」
プロデューサーのアンドリューが喋り始める。
「えっあの…。」
「そうなんですか?」
「ええ、前澤先生は前の仕事場でネ、なかなかうまくいかなくて、ひきこもりみたいになってしまったことがあるみたいなんデスネ、その時の体験を基にしてるらしいノデス。」
「へえ。そうなんですね!」
「前澤先生のその時の救いは漫画やゲームなど、前澤先生が好きな、先生にとっての異世界だったんデスネ!この作品にはそんな実体験の重みが活かされてるんデス!」
「そうなんですか!もっとお話を色々伺っていきましょう!」
「この作品はアニメで大分色々な設定が補完されていてデスネ…。」
それからはアンドリューが話すアニメ制作の苦労話になってしまった。
その様子を有隣荘の住人達皆が、田中さんの部屋のテレビで固唾をのんで見守っていた。
「あちゃー前澤くん完全にイニシアチブを取られちゃったねぇ。」
「そんなマスコミにちゃんと答えようとしなくてもいいのに。」
「少年はテレビだとなんかちっちゃく見えるな…。」
「隣のアンドリューがでかいんですよ。態度もでかいけど。」
「でも前澤くんすごいなぁ、もうすぐ日本一の漫画家になっちゃうんだね。なんだか置いてきぼりというか、もう天上の人って感じ。」
「………。」
みんな静まりかえってしまう。
「でも俺たちだって負けないように頑張ればいいんだよ!俺はバンド活動一人になっても熱意は少年には負けてねえぞ!ひとりでもやってみせるぜ!…。」
「私だってちょっとづつだけど、前澤くんに追いつけるようにがんばるよ、彼が居なくなっても…。」
「僕だって小説がやっと軌道に乗ってきたんだから、結果だけが目安にはならないですよ。」
「そんな頑張りをサポートするために私達がいるんです!」
4人が振り返ると、そこにはパラレルユニバースの二人が居た。
「急に話に割り込んでこないでよ、びっくりするなぁ。」
年輩の男の方は徳井といい、色白で縦長の顔には、人工物のような笑顔が張り付いている。目尻や頬には使い古された笑いジワが刻まれ、年季を感じさせる。
もう一人の若い女性の方は爽田といい、彼女もまたいつも笑顔を絶やさないが、徳井に比べると、笑顔にわざとらしい感じが出ている。なんというか人間味がある。
「すみません、扉が開いていたので…。」
「何の用?今忙しいんですけど。」
「依頼主の勇姿を皆さんとともに拝もうと思いまして、…お邪魔ですか?」
「いいじゃねぇか、あんたらも少年の晴れ舞台を拝もう!」
「カゲローさん!そのポケットから取り出したの何!?ここでお酒飲まないでよ!」
「いいじゃねぇかちょっとくらい!」
皆がまたテレビに目を移すと、アンドリューが自分のアニメ論をまくし立てていた。前澤は居ないもの扱いされている。
「だからね、アニメっていうのは、絵が動けばいいってもんじゃなくて、いかに予算を削って手を抜くか、その中でいかに監督や演出家が必死になって、無理をして、もがくかが重要なんデス!それが結果につながるんデス!」
前澤はもう帰ってしまいたかった。
「あのー…いいですかね…。」
七星ひかりが控えめに声を上げる。
「主演声優の七星ひかりさん!何でしょうか?」
「私、今度のアニメで一番意識したのは、前澤先生が考えた異世界にどうしたら命を吹き込めるのだろうということなんです。現場の皆がその異世界に入り込んでいた。それは確かです。」
「そうなんですか。」
「前澤先生はどう思われますか?」
七星ひかりに振られ、彼は沈黙している間に考えていたことを話す。
「今度の作品は、皆の力で作れたと思っています。観客の皆さん、監督さんやプロデューサーさん、アニメーターの皆さん、声優の皆さんが、僕の考えた異世界に共鳴してくれたのだと思っています。それはとっても有り難いことで、得難い経験でした。今後とも、もし良かったら僕の考えた異世界から皆さんが何かを持って帰ってもらえたらなぁと思います。僕自身も含めて。」
スタジオの撮影スタッフから小さい拍手が起こった。七星ひかりは前澤に対して、小さなウインクをして微笑みかける。アンドリューはなんだか居心地が悪そうで、小さな舌打ちをした。
翌日の夕方、小雨が降る中、宇宙人君はアパートの近くをジョギングしていた。頬に雨粒が当たり、水滴が身体に滴っても彼は気にしなかった。彼はあのパラレルユニバースの二人がどうにも信用できなかった。本当に前澤さんが依頼したのだろうか。アパートの皆は無防備すぎやしないか…。前澤さんに確認しないと。
バシャッ
「うわぁっ。」
彼はすれ違った車から飛び退く。
その時車の中に見知った顔が居た。
「前澤さん!」
車はアパートの方角へと走っていく。宇宙人くんはその車を追いかけた。
「有隣荘は俺にとっての第二の出発点であり居場所でもあるんだよ。だから彼らは俺にとって特別な人達なんだ。」
「そうなんですね、会うのが楽しみです!」
七星ひかりはお忍びで来ているので地味な格好だが、ウキウキしていて、なんだか身体からいつもより強い光を放ってるようだった。
車はアパートの駐車場に止まり、車からいそいそと二人が出てくる。宇宙人くんは二人に続いてアパートに入る。
「前澤くん!!」
共用スペースでは田中さんがパソコンで作業をしていた。
「久し振り〜……それと、……七星ひかりさん!?」
「こんにちは〜、七星ひかりです!!」
「わぁ!すごい本物だ〜!!」
田中さんが七星ひかりの前にかけよる。
「私、あなたの大ファンなんです!あの、なんだろう、サイン貰えませんか…。えへへ、取り乱しちゃってすみません。」
「うふふ…いいですよ。何さんっていうんですか?」
「前澤さん!」
彼が振り返るとランニングシャツと短パンでびしょ濡れの宇宙人くんが玄関に居た。
「宇宙人くん、久し振り!」
「前澤さん、ひとつ聞きたいことがあって…。」
「何?いきなりどうしたのよ。着替えてくれば?」
「いえ、今ここで聞きたいことがありまして、…。前澤さん、パラレルユニバースって会社知ってますか?」
「え…?なにそれ。」
彼が七星ひかりの方を見ると、彼女と田中さんがまるで旧友の様に歓談している。
「田中さん、絵上手ですね〜!さすがプロですね。」
「これ仕事で没になったやつなんです。」
「素敵です、良かったらこの絵私にくれませんか?代金お支払しますので。」
「え、本当ですか?嬉しい〜、お金なんていりませんよ、貰ってやってください。」
「七星さん!」
七星ひかりがこっちを向く。田中さんのパソコンの画面には、いつか見たぬいぐるみを抱いている、七星ひかり似のゴシック少女の絵があった。
「七星さん、パラレルユニバースって会社知ってる?」
「ああ、それはですね…。」
皆が、耳をそばだて、その場がシーンと静まり返る。
「前澤さんごめんなさい、伝えるのが遅れてしまって。私、ここのアパートの皆さんの為に何かできないかと思って、色んなクリエイターをプロデュースする、パラレルユニバースって会社に皆さんの支援を頼んでいたんです。もちろん決して怪しい会社じゃなくて、私が日本に来た頃、影で私をプロデュースしてくれた会社なんです。」
「皆のこと知ってたの?」
「だって前澤さんよく皆さんのこと私に話してくれたじゃないですか。実際に会うのは初めてですけど。だから楽しみにしてたのはホントなんですよ。前澤さんの大切な人達だから。」
「そうなんですね、ありがとうございます。」
田中さんは椅子から立ち、七星ひかりに深々と頭を下げた。
「それでね前澤くん、久し振り、元気してた?」
「おう、なんとか頑張ってるよ。根詰めてるから、元気じゃあないけどね、はは。」
「でもすごいなぁ、もうすぐ日本一の漫画家さんになっちゃうかもね!」
「いやそんな…。」
奥の廊下からカゲローさんも来る。
「よう!少年!元気してたか?」
「カゲローさん!お久しぶりです!」
「前澤くん、全然帰ってこないから寂しかったよ〜、私達のこと忘れちゃったんじゃないかって。」
「忘れるわけないじゃない。」
「でも忘れてもいいんだよ、私達とはもう住むべき場所が違う人なんだから。」
「そんなこと言わないでよ。俺も仕事でさ、なかなか帰ってこれなかったけど、たまにはここに帰ってこようと…。」
「そんな馴れ合いみたいなことしなくていいよもう…。七星さんを使って私達をプロデュースさせたり、私達に情をかけてるの?」
「いやそんなこと…。知らなかったんだってば。」
「いいなぁ、前澤くんは才能があって、努力が報われて…。私なんかこの歳で何もかも中途半端…。私だって努力してるのに…。」
「田中ちゃん、そんなこと言わなくても…。」
「ごめんね、私ちょっと今日はつかれたからもう寝るわ、おやすみ。」
田中さんは自分の部屋に行ってしまった。
共用スペースには気まずい空気が流れていた。皆この空間から逃げたがっていた。まるで虫籠に入れられた虫のように。
「ま、まぁ少年、また一緒に曲でも作ろうや、もう有名人だから一緒に路上ライブは出来ないけど…、ははは。じゃあな!」
カゲローさんも行ってしまう。
宇宙人くんは前澤の肩にぽんと手を置く。
「僕はそんなこと思ってませんから、確かにちょっと悔しいですけど、でも前澤さんとはずっと友達でいたいです。シャワー浴びてきます。」
宇宙人くんも行ってしまう。
「七星さん…帰ろうか…。」
前澤はちょっと泣きながら、それを誤魔化すために笑っていた。
「……はい。」
その1ヶ月後、引き子の神隠しは日本の興行収入記録を塗り替えたのだった。
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