第5話 山田さんのオカルト骨董品タイムスリップ
ある朝、扉をノックする音で目を覚ます。扉を開けると山田辰夫さんがいた。
「ごめん前澤くん、網戸がベランダに落ちてしまったから、取らせてくれないかい?」
「どうぞ。」
その後山田さんの部屋に行った。彼がコーヒーを入れてくれた。山田さんは角刈りで、相変わらずくたびれた白いシャツを着ていて、一見地味で真面目そうな雰囲気だが、実際に付き合ってみると柔和で親しみやしすい人だった。
部屋には仏像や人魚のミイラ、水晶玉など怪しい骨董品が所狭しと並んでいる。
「すごいですね、こんなに大量に、どこから買い取ってくるんですか?この仮面とか。」
「世界中どこにでも行くよ。オカルト系の骨董品店はウチ以外あんまりないから、物好きな人から買い取るのさ…はまらないなぁ…。」
山田さんは網戸をガタガタはめようとしている。
前澤は骨董品のなかに机に置かれた置物の時計を見つける。小さな家の模型のようなもので、金色の装飾が全体に施されている。前澤は何故かその美しさに吸い込まれてしまう。
「きれい…。」
「それ、触っちゃだめだ!」
「えっ。」
「それは呪いの時計で、人をその時計の記憶の中に閉じ込めてしまうといわれてる呪物なんだよ。」
「へ〜…そうなんですね。…そんなもの部屋のまんなかに置いといてもいいんですか?」
「僕のおばあちゃんの形見なんだ。」
急にその時計がガチャガチャいいだす。
時計の歯車や中の小さな人形がカタカタ動き出し、時計の針がくるくる動き出す。とても精巧で、童話の世界がその中に詰まっているかのようである。
「あぁ、動き出しちゃった!」
「ええ…まずいんですか?」
「前澤くん早く部屋から出て!」
そこで前澤は転び、頭を床にぶつけ意識を失ってしまった。彼が起きると、視線の先に真っ白で、見知らぬ天井があった。小さなシャンデリアが灯りを灯している。
カサカサカサカサ…と変な音がする。
なんだろう?と起きると眼の前に軽自動車くらいの大きさのゴキブリが居た。
「おわぁ!!」
彼は逃げるが、ゴキブリに噛みつかれてしまう。
「いてぇ!」
その時、上から巨大な丸太のようなものが落ちてきた。彼はすんでのところで避ける。
「な、なんだぁ…。」
彼は物影から潰れたゴキブリを眺める。
丸太だと思っていたものは、トラック程もある巨大な丸めた雑誌だった。それを大仏並に巨大なお婆さんが持っていた。
彼は自分が小さくなってしまったことに気づいた。
「どんな夢だよこれ。」
部屋の中には、巨大な古時計やゾウの置物、仏像や花瓶など骨董品が所狭しと並んでいた。なんだか既視感を覚えた。
「あなた、出てきなさいな取って食ったりしないから。」
「え?」
「分かってるのよ、よく時計からあなたみたいのが出てくるのよ。」
彼はしぶしぶ物影から出ていく。眼の前には山田さんの部屋にあった巨大な時計の置物があり、扉の部分が開いていた。
「どうも、…潰さないでくださいね。」
「潰すもんですか、あなたの話が聞きたいのよ。」
彼女は大層上品な雰囲気のお婆さんだった。マリメッコのワンピースを着ていて、髪型はショートである。
ドスドスドスドス。
「おばあちゃ〜ん!」
首に虫かごをかけた巨大な小学生くらいの男の子が前澤の眼の前に現れる。
前澤はまた隠れる。
「どうしたのたっちゃん。」
「おばあちゃん、これ見て、ネッシー作ったんだ!」
潜水艦の模型の上に、紙粘土で作ったネッシーが載せてある。
前澤は面影からその男の子が山田さんであることに気づく。
ここは過去の世界なのだろうか。
「これ水の上を泳ぐんだ!」
「すごいわ。良くできたわね。たっちゃんはほんとにオカルトが好きね。」
「すごいでしょ!うふふ、でもお母さんがね、そんなことしてないで勉強しなさいっていうんだ、そんなお金にならないことして、世間から仲間はずれにされたらこの世の中じゃ生きていけないっていうんだ。」
「そんなこと真面目に取り合うことないわ、あなたの好きの気持ちを大切にしてね。私は応援するから。これからの人生、どんなに希望がなくても、最後はあなたの好きの気持ちがあなたを救ってくれるのよ。勇気を持って一歩踏み出してみて。」
幼少期の山田さんはそれをぼーっと聞いていた。
「うん、分かった!じゃあね、おばあちゃん。」
ドスドスドス。
男の子が行ってしまった後にお婆さんがこちらを見る。
「ごめんね、あの年齢の子があなたを見つけたら、何をするか分かったもんじゃないからね。」
「もしかしてあの男の子の名前は山田辰夫っていうんじゃありませんか?」
「あらそうよ、もしかして、あなたは辰夫の居る未来から来た人なんじゃないかしら。」
「そうです、そうです。彼と同じアパートに住んでいます。」
「あら、そうなのね…。未来であの子はどんな生活をしているのかしら。」
彼は未来の山田さんが全国でも珍しいオカルトグッズの骨董品店をやっていること、よく飲み会などで奢ってくれること。宇宙人くんと山田さんと一緒にオカルト研究するための取材旅行したことなどを話した。彼が大切な友人であることも。
「そう、あの子もちゃんと誰かのために自立して生きてるのね。……良かった。」
彼女は涙ぐんだ。
「私が死んだ後に、辰夫がどうなってるのかが心配だったの。私の娘はロクデナシだったからね。辰夫が住んでる世界がどんなものかについても知りたいわ。」
彼は2023年の世界は、昔よりだんだん便利になって良くなっていること、でも環境問題が深刻化していること、日本は少子化していていずれ世界中がそうなること、スマホが出てきて、世界中が繋がってることなど、いろんなことを話した。
「今は人口爆発が問題になっているけど、未来では子供は減ってきてるのね。未来ってなかなか思い通りになることなんてないわね。ねぇあなた、もしよかったら未来で友達として辰夫を支えてあげてね。」
「もちろん、僕も辰夫さんにたくさん支えてもらってます。」
彼女は微笑んだ。
「おばあちゃーん!」ドスドスドスドス
「またたっちゃんが来た、隠れて。」
彼女の腕に当たった巨大な時計の置物が前澤の方へ倒れてくる。
「うわああああ!」ブチッ。
彼はまた、気を失ってしまう。
山田さんの声がする。
「前澤くん、前澤くん。」
前澤は起きる。「山田さん!」
「良かった、もう救急車呼ぼうかと思った。」
眼の前には騒ぎを聞きつけた宇宙人くんと田中さんも居た。
「俺、小さい頃の山田さんが出てくる夢を見てました。」
「え?」
「骨董品店みたいなところにお婆さんがいて…。」
「僕、君におばあちゃんのこととか話したかい?」
「あっ……はい。」
前澤は嘘をついた。
「あ、そうか、ははは、なんか君のお陰でおばあちゃんのことを思い出したよ。」
山田さんは前澤にはよく分からない雑多なものが詰め込まれた箪笥の引き出しの奥の方から、丁寧にタロットカードのようなものを出す。
「これは未来を予測することができるっていう、カードゲームのオカルトグッズなんだ。骨董品屋を営んでいたおばあちゃんが僕にくれたんだ。」
山田さんはカードを並べる。宇宙人くんと田中さんもそれを興味津々に眺める。
「前澤くんの未来を占ってあげよう。」
前澤は自分の生年月日や手相や星座や干支などを言う。その情報を元に山田さんはカードをシャッフルしたり並べ直したりする。
「マナを並べて、てんびん座と蠍座と火と水のパワーを並び替えると、君は50代で結婚して、漫画で成功するかもしれないが、それと引き換えに何か大事なものを失うだろう。」
「おおーっ!」
「それっぽい。」
田中さんと宇宙人くんが感嘆する。
山田さんは並べられたカードをまたぐしゃぐしゃにする。
「はは、当たるも八卦当たらぬも八卦だ、完璧なものなんてない。完全に正しいことも、絶対に間違ってることだってありはしない。これはおばあちゃんの言葉なんだけど、大事なのは勇気を持って一歩踏み出すことなんだって。自分の好きの気持ちの赴く方へ。」
「おばあさん、いいこというな〜。」
「うんうん。」と田中さんと宇宙人くんが言う。
「たぶんおばあさんは山田さんのこととっても愛してらしたんだと思います。」
前澤は言いながら、我ながらくさいセリフだなと思った。
「ふふふ、そうだね。おばあちゃんが死んだあとに、両親が継いだ骨董品店の経営が傾いて潰れてしまったんだ。だからいきなり貧乏したよ。小さい頃は恵まれてたから辛かったなぁ。でもおばあちゃんの言葉があったから、好きを信じられて、今があるんだ。」
山田さんは少し涙ぐんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます