緊急手段


ドームの中から現れた巨躯の異星人。


「あれがタイタン型……」


過去に観測された中では、最大の体躯を誇る怪物。その全高はマシン型の機体の倍以上ある。思った以上に巨大だった。


その外見は人型ではあるものの、あくまで人に似ているだけでその容貌は人とは似ても似つかないものだった。目のような器官はあるように見えるが、それ以外はまるで形だけ人に寄せてつくった粘土人形のようなものだ。


まぁその外見は正直助かる。見た目が人に酷似していたらかなり攻撃しづらいからな。


……だがその外見を除けば奴に対して助かることなど何もない。


先の大規模侵攻以来の出現となるタイタン型は、その大きさだけではなく戦力としても最大級だ。攻撃力、耐久力、共にこれまで観測されている異星人の中ではトップクラス。更にあの大きさも武器になる。勿論その分動きが鈍いという弱点にもなっているが。


というか、本当にデカい。タイタン型が出現した場合、マシン型が主体となりサポートでガンナー型が入る形なっているが、翼ちゃん大丈夫か。


少なくとも俺……フロイライン型ではどうにもならない相手な気がする。光剣レイソードでどれだけ斬りつければ倒せるんだよ、アレ……


そして、更に悪い情報が耳に着けたインカムから入ってくる。


『──更に継続して出現する可能性が高いです!』


第五陣の可能性が高い事が通達された。ということは、だ。


──祝福ブレスを、歌うことができない。


第四陣の出現が想定より早く、数も多い。第三陣までなんとか持ちこたえていた前線も、第四陣が突入して来たら……耐えられるかはかなり怪しい。だが第五陣がどれだけの規模になるかがわからない以上、EGFとしては切り札である祝福ブレスを切るわけにはいかないと考えるのは当然だろう。


だが、第五陣が出現するまでに戦線が崩壊してしまったら意味がない。


いくら信仰フェイスで集めた力があるとはいえ、あくまでその力は有限だ。障壁バリアを維持しながら今から祝福ブレスを使用したら、最後まで持たない可能性が高い。


今の残りの力なら。


「……緊急エマージェンシープランの発動を要請します」


俺がそうインカムに関して告げると、向こう側の通信士が息を呑むのを感じた。


緊急エマージェンシープラン。戦闘が不利な状況に進んだ時の為に策定された、リスクを伴う最終手段。


このリスクは適合者が負うリスクではない。──いや、ある意味EGFと俺はリスクを負う可能性は高いか。反EGFの人間などに叩くネタを与えるようなものだからな。


だけど、ヒーローなら批判も覚悟の上で取れる手段をとらないとな。


思いっきり"ヒロイン"扱いされつつある俺だが、あくまでこの状況下になった後の俺の心はヒーローに憧れた子供の頃を色濃く残したままだ、30半ばのおっさんである今でもな。そして、俺以外が負うリスクに関しては……死ぬ気で守り通す、ただそれだけ。


「長船さん、この場を任せます」

「ああ、いっといで静ちゃん」


長船さんは俺の言葉に頷くと、こちらに背を向けて駆けていった。マスクをかぶってるから表情なんて見えるハズがないのに、いつもの人懐っこさを感じさせる包容力のある笑みが透けてみえた気がする。……守る対象がいなくなることで、彼女もこの先は全力を出して戦えるだろう。


俺も、自分の戦場へ向かおう。


俺は身を翻すと、適合者の仲間たちが死闘を繰り広げている戦場に走り出した。


◇◆


「準備はできていますか!?」

「万事OKです!」


さすがにこの状況下で輸送役に他の適合者を使う訳にもいかず、自分の足でひたすら駆ける事でたどり着いたのはのビルの4階だった。


そう、俺は戦場を完全に離れ、自らが張った障壁バリアの外側へやってきていた。


俺の障壁バリアは張る時はその内側にいる必要があるが、一度張ってしまえばその維持だけなら内側にいる必要がなくなる。さっきまで内側にいたのは一応は戦闘力も保持しているから異星人を迎撃できることと、状況に合わせてある程度障壁バリアの形状を変化させるためだった。なのでそれを投げすれてば外に出る事はできる。さすがにあまり離れすぎる事はできないが。


これまでの侵攻で、向こうはほぼ想定の方向にしか進行して来ていないので問題なしとの判断だ。それに最悪別方向へ侵攻が見られていても、内側にいる他の適合者から連絡を受ければ、遠隔である程度対処はできる。


それよりも今はやる事がある。


俺はその場にいるEGFの職員の誘導に従い、を受け取って、屋上から張り出すように設置されたステージの上へ立つ。


生身の体であればちょっとお下品にいえばタマヒュンと呼ばれる状況下であるが、今のこの体ならこの高さから落ちた程度で怪我する事はないので気にすることもない。出来るだけ周囲から見えるように前の方に立つ。


それと同時、街に大音量の放送が流れた。


『これより、〇〇交差点、〇〇ビル屋上にて"サイレン"が信仰フェイスによる力の収集の為のライブを行います! 現在〇〇ビル近くに残られている方々、その場で構いません。"サイレン"の歌を聞き、"サイレン"を見て、"サイレン"に街を守る力を与えてください!』


これが緊急手段だった。


基本的に異星人の襲撃が発生した場合、緩衝区域の近くの住民たちは避難が求められる。特に今回は大規模の襲撃だ。大部分の人間が避難しているハズ。


だがEGF職員はそれなりの数がこの周辺に残っているし、ぶっちゃけ避難を求められても避難をしない人間達はいる。本来であれば困った存在ではあるが、今はその彼らの力を借りる。


この辺りは地方都市のため、街の中心部でもそれほど高いビルはない(いくつかマンションなどはあるが)。そのため4階程度のビルの屋上でもある程度周囲からの視界は通る。家やビルから見て貰っても、少なくとも"声が届き、視界が通る場所から"なら力を集められるハズだ。


実際、近くのビルや民家から顔を出す人の姿が見える。……いや、そこのビルの人間とかなんで手に書類もってるんだよ。この状況下でまだ仕事してたの? どんだけ社畜何だ……EGFを信頼しきっているのかもしれないが。


まぁ残ってた理由は今はいい。本来ならEGFの関係者としては避難していないことを𠮟るべき状況なのかもしれないが、今はその彼らの力がいる。


大きく、一つ、深呼吸をしてから二つの力を起動する。


信仰フェイス

そして祝福ブレス


二つの力の同時発動。いや、光剣レイソードは消したけど障壁バリアは勿論展開したばかりだから三つの平行発動か。とはいえ祝福ブレス障壁バリア信仰フェイスで集めた力を使用しているから、実質消耗するのは信仰フェイスだけだ。……ライブで消耗はしているが、もうしばらくは持つはず。


俺は一度後ろを振り向く。そしてこの準備の為に危険を承知で残っているEGFスタッフと頷きあい、向き直った。ビルから、民家から、そした足元の交差点からも視線を感じる。やっぱり結構逃げてないのがいるな。本来なら後日避難に関する注意をEGFから出すべきだけど、今回俺がこうしてしまう事で今後避難に関する注意がしづらくなるな……それもリスクの一つだが、やると決めた以上それは今考える事ではない。


曲が流れる。他のEGF職員たちも視線の届く場所にいる人たちはこちらを見てくれているハズだ。


俺の背後では、今翼ちゃん達適合者の仲間達が必死で戦っている。このビルよりも高いタイタン型の異星人やガンナー型の放つ光を背景に、俺が今すべきことは歌う事だ。


……いやこの景色を背景に逃げ出していない一般人胆力おかしくね?


今はその胆力を貸してくれ。前奏が終わり、おれは最初から声を張り上げて歌い始める。


さあみんな、俺の歌を聞いてくれ。






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