歌声の届く場所①
★第三者視点:薬袋 翼
「かったぁ……やっぱり硬いなぁ、タイタン型」
翼はかなり初期からのマテリアル適合者だ。だからこれまでに何度も大規模侵攻に参戦して来たし、巨大な自身の乗る機体より遥かに大きい巨体を誇るタイタン型と対峙する事も初めてではない。
だからこのふざけた強靭さを体験するのも初めてではないのだ。
奴等が出現してから、翼達マシン型の適合者は最優先でタイタン型への攻撃を行っている。攻撃は効いていないわけではなく、ちゃんと削れてはいる。……だが、削っているだけなのだ。他の型に比べても圧倒的な強靭さを誇るタイタン型は何度攻撃を叩き込んでもいっこうにひるまない。翼の機体が放った銃撃は巨体の肉を削ってはいるものの、どれも致命傷とは程遠かった。わかっている事とはいえ、精神的にしんどい。
翼達の後方の戦場は今酷い有様になっているだろう。タイタン型の異星人だってまだたくさん残っているのに、マシン型の大部分とガンナー型の一部がタイタン型の対応の為離脱したのだ。最早まともな陣形もない大混戦になっているハズ。本当なら早くこちらを片付けてそちらに参戦したいのだが……強靭なタイタン型を最優先で攻撃しなければ、削り切るまでに結界までたどり着かれてしまう。
静の結界は、攻撃を受ければそれだけ使い手を消耗させる。高い攻撃力を誇るタイタン型は間違っても辿り着かせてはいけない。
「まったく……もう! 止まりなさいったら!」
自分達の事をまるで集ってくる虫のように適当にあしらいつつ前に進もうとするタイタン型に、再度銃撃を行う。とにかく攻撃をし続けるしかない。
「……へ?」
……そう思いながら攻撃を放った次の瞬間、翼は目の前で起きた光景に間抜けな声を漏らした。
タイタン型の巨体の後方で、銃撃が着弾した粉塵が起こるのが見えたのだ。その位置は、ちょうど今翼が行った銃撃の射線上。その位置に銃撃を行える位置に他のマシン型もいない。なら、それは翼の機体の銃撃の結果ということになる。
タイタン型の分厚い体を貫きとおしたのだ。更にその衝撃でタイタン型がその巨体をぐらつかせたのだから、間違いない。
急にどうしてと思ったのは、ほんのわずかな間だけ。翼はすぐにある事を思い当たり、耳を澄ませた。
ここは戦場。響くのは異星人達の咆哮や味方の怒声に打撃音、銃撃音。騒々しいではすまないその音の中、翼が考えた通り、涼やかなのにこの喧騒の中はっきりと歌声が聞こえた。
「おにーさんが歌ってる……」
それは、最近では聞きなれた、親しい人の声。そして今はこの国の多くの人たちが知り、聞くことを望むことになった歌声。
「まだ第五陣が出現してないのに……おにーさん大丈夫かな」
本来の作戦よりも早い使用。静の性格的に完全に独断で考えなしにに実行したって事はないだろうから、緊急プランを発動したのだろう。時間的に
「……正直今の状況下だと助かるけど!」
──とはいえ、プランが発動した以上はその恩恵に預かるだけだ。自分達ができるのは出来るだけ戦闘を早く終わらせる事。
先ほどまでが堅牢な石造りの砦でも攻撃しているような感覚だったけど、今は茅葺の小屋でも攻撃しているかのように面白い位攻撃がスルスル通る。検証でわかってたけど、
『どっせらぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
どういう掛け声よと思わせる叫びと共に、銀の光沢を誇る機械の巨兵が宙を舞っていた。そしてその機体がもつハンマーがタイタン型に叩きつけられると、倍以上の大きさを持つタイタン型の巨体が大きくバランスを崩し、地面に倒れこんだ。
「うわぁ……」
その光景に翼の口からは、思わず呆れを含んだような声が漏れ出る。
事を為したのは、マシン型の適合者の中でも特に接近戦を好んで行う
『いやぁ、すげぇなぁ、サイレンちゃんの歌の力。俺今日からサイレンちゃんの事崇め奉るわ! サイレンちゃんマジ女神様!』
「いや、確かに今おにーさんが使っている力は"信仰"だけどさ」
思わず突っ込みを入れながら、翼は思った。
多分でもこんな感じの人他にも出るだろうなー。EGFの適合者はおにーさんの正体ある程度走っているはずだけど、その程度の事些細な事になるのだろう。
おにーさん、どんどん大変な事になりそうだけど頑張ってね……?
★第三者視点:緩衝区域近くのとあるビルのオフィスにて
「あー、くそ、なんでこんな状況下で仕事してるんだ俺はぁ!」
本来なら誰もいないハズの休日のオフィスに、一人の男の悲鳴が響き渡る。
事の始まりは若手社員のやらかし。それにより一部のデータを再作成する羽目になった。
自社内で使用するだけにデータだったらまぁ上に頭を下げてリスケする事も可能だったけど、最悪な事にそのデータは外部の取引先に向けに必要なデータだった。しかも必要となるのが休み明け。しかも新規取引先だからここで提供が遅れると一気に信用を失う事となる。
まぁそれでも休日を使えばリカバリ可能な範囲だったのだ。データの内容は自身が一番理解しているから手伝いを申し出た同僚には大丈夫と答えたし、やらかした若手社員は正直いても手がかかるだけなので休ませている。まぁ休み中悶々としているといいとは思っているが(当然だけど、内心怒ってはいるので)。
とにかく、そこまでは彼は納得済みだったのだ。
でもそのタイミングで、異星人の侵攻が来るとかあんまりだろう。
静かなオフィスの中、頭をガシガシとやりながらキーボードをカタカタとやっていたところに流れた警報と、避難を勧告する放送。
その放送を聞いた後、彼は悩んだ末でそのまま仕事を続けることにした。
本来なら逃げるべきなのは、男にもわかっている。だけど結局の所適合者達が突破されて異星人が居住区域までたどり着いたら少しくらい逃げた所で無意味だろう。道路も電車もめっちゃ渋滞しているだろうし。天災と同じで、いつくるか明確にわからないものからずっと避難しておくのは一般人には不可能なのだ。生活があるので。だから今みんな慌てて退避しているんだけど、その結果牛歩でしか逃げれられないんだったそこに砲撃が来る可能性もあるし、だったら意味ないんじゃね? という思考に彼はなった。なんか砲弾みたいなので化け物射出してくる新型も出たみたいだし。
同じように考えてたり、ここ最近問題なかったんだから今回も問題ないだろと考えている奴もそれなりに多いようで、さっきビルから下を見た時にはそこそこ人の姿は見かけた。それによって集団心理も働いて、結果してさらに避難する人間が増えている気がする。
特に今回は、サイレンという彗星のように最近現れたヒロインが結界を守ってくれているらしいし。
まぁことが起こった時にどこにも文句はつけられないのは理解した上だ。
それにしたって、ガンナー型の砲撃の光がガンガン走ったり遠くにでかい何かが見える状況下で仕事しているあたり、どんだけ社畜なんだよとかいろいろ疑問を感じなくはないものの。
今も外から光が走る。それにちょっと周囲が騒がしくなった気がする。
そう思い、一度仕事の手を止めて席を立つと窓からビルの下の方を眺めてみた。
「……なんだ、どこを見ているんだ?」
ビルの下にちょっとした人の集団が出来ていて、どうやら急に騒がしくなったのは彼らが原因のようだった。そんな彼らは何故か上の方を揃って見ているようで、男はその視線を自然と追いかける。
「……え」
そこにいたのは、美しい少女だった。銀髪で豪奢なドレスを身に纏った、神々しい位美しい少女。男はその少女の姿に見覚えがあった。
「──サイレン」
最近巷を賑わせている、新しいマテリアル"フロイライン型"の少女。これまでメディア越しでしか見たことがない少女の姿がそこにあった。
何故あんなところに……と考えていたら、その理由がアナウンスされる。そして、その光景とアナウンスの内容が頭の中で即座にかみ砕けず呆けている間に──少女の視線がこちらに向いた。
目が合った、気がした。
勿論少女はこちらに対して何か反応は示さない。男の方に視線を向けたのもほんのわずかな時間だけ。
そして少女はそんな事を関係なしに、歌いだす。
──その声に、瞬く間に心が昂るのを感じた。
彼女の背後では、相変わらず現実離れした光景が広がっている。それらを背にして立つ少女の姿、そして歌声はその光景さえただの背景に落とし込んでしまっていた。
先ほどまで感じていたイライラもどこへやら。今はもう彼女から目を離せない。
──少なくても、彼女が歌っている間位は中断しても別に問題ないよな。
席を立つときに無意識に持ってきてしまった書類を横に置くと、男はただじっとその場に立ち尽くして、少女を見る。
確かあの少女に力を与えるには歌を聞きながら彼女を見ている必要があるハズ。この世界を護るためには、仕事を中断して彼女を見つめる必要があるのだ。
「まさか休日出勤していたら、世界を護る手助けをする事になるとはなぁ」
実は特等席で美しい少女の手助けをしたなんて、取引先と相手とのいい話の種になりそうだ。
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