出撃前のご挨拶
鳴り響いたサイレンの後、女性の声で異星人の侵攻の兆候が大きく出た事が発表される。
俺は口元に持っていたマイクを、目の前のマイクスタンドに戻す。バックバンドの演奏は、警報がなった時点ですでに停止されていた。
事前に侵攻がもういつ発生するかもわからない状況になっていることは伝えられていたため、その様子に焦りは見えない。俺も同様だ。それに
だが、客席は違った。一部の客は落ち着いているが、大半の客は明らかに慌てた様子を見せている。
──このサイレン、地元の人間なら一分一秒を争うようなものではないと理解している。ほぼ"侵攻"が開始する兆候が出たことを示すものであり、このサイレンがなってから俺達適合者が現場に行ってもちゃんと間に合うレベルのものだ。要するに、少なくとも避難する余裕は充分にある。
その事は事前に観客達にも知らされてある。それなのに焦る人間がいるのは、県外の人間が多いからだろう。今回のライブ、枠に対してかなりの数の申し込みがあったため抽選だったハズだが、申し込みは日本全国からあったらしい。
……正直な所、言い方は悪いが異星人の襲撃は関東南部の人間以外にとっては対岸の火事に近いものがあっただろう。少なくとも身近なものではない、非日常だ。たとえ伝えられていても、落ち着いて受け入れられるものではないだろう。
だが、逆に言えばそういったリスクのある場所だと解ったうえで俺の歌をお金を払ってまで聞きに来てくれた人たちだ。
だったら最後まで無事に帰って貰わないとな。パニックになったら怪我人がでるかもしれない。だから、そう思って俺は一度スタンドに戻したマイクを再び手に取り、口元へ寄せ、すぅっっと息を吸って──
「大丈夫です! 安心してください!」
そう観客席に向けて語りかけた。
マイクを使ったので、その声は当然会場中に響く。そして俺の今の体の声は、やはりそういう性質を持っているのか、よく人の耳に届く。なんか喧騒の中でも聞き取れる声があるよな? それだ。
実際、俺から視線を外していた人たちも、こちらの方へ視線を向ける。
数百、数千の瞳がこちらを向くことになる。以前の俺なら足がすくむような状況だが、さっきまでこの視線の先で歌を歌っていたので今更だ。なので次の言葉も問題なく口から紡ぐことが出来た。
「事前にご連絡してあります通り、このサイレンが鳴っても実際に襲撃が行われるまで大分時間があります。落ち着いて、安全に避難して頂いても充分に間に合います。まもなくスタッフから誘導が入ると思いますので、それに従ってください。それから──」
この先は、言うか言わないかは悩んだが、せっかくだから言っておきたい。
「皆さん、ありがとうございます」
感謝の言葉と共に、俺は観客席へ向けて大きく頭を下げる。……何故か喧騒が大分収まった気がするが、ひとまず気にせずゆっくりと頭を上げて、俺は言葉を続けた。
「今日、ここに日本全国から集まってくださった皆さん。その皆さんからの力は確かに受け取らせて頂きました」
その言葉と共に、胸の間辺りに手を当てる。別にそこに力が溜まっているわけではないけど、気分的なものだ。
「この皆さんから託された力は、仲間を、街を護り助ける力になります。本当にありがとうございます」
これは本当に心から感じている事。ライブに関してはまぁ流された感じはあるけど、その結果得られたものに関しては感謝しかない。
「これから、適合者の先輩達と共に、この力を持ってこの街を、この国を護ってまいります! それでは、行って参ります!」
本当ならここで、街には傷一つつけません! とか断言するのが格好いいんだろうけどなー。でも今回発生する襲撃は1年ぶり以上の大規模侵攻になる。俺にはそれを口にすることはできなかった。カリスマには慣れないよ俺。まぁ俺本来はしがない経理課長でしかないしな。営業職だったらもう少し口が上手く行けたのかな?
ま、当然だけど心意気では傷一つつけずに守るつもりなので、それで許して欲しい。そのためにもこんな恥ずかしい事をやり遂げたんだかな! 歌っている時は平気だったけど、きっと今回の一連の出来事が落ち着いたら恥ずかしさが押し寄せてくるのは解ってるけど、今は考えない事にする。
最後にもう一度頭を下げる。後はステージを降りて同じく会場にいるはずの長船さんや翼ちゃん達と一緒に現場へ向かうだけだ。そう思いつつ顔を上げた瞬間に、一気に観客席から声が上がった。
「サイレンちゃん、頑張れ!」
「サイレンちゃん、俺達応援しているからね!」
「サイレンさんなら絶対に大丈夫です!」
「可愛いお顔に傷つけないでね~」
それは応援の、そして鼓舞の声だった。それが数十、数百と重なり合い大きな音となる。その声に、俺は思わず口元が緩むのを感じた。うん、純粋にありがたい。ただちゃん付け呼びは三十路半ばの男としてはかなりむず痒い所があるが。あと適合者は回復力高い方顔に傷ついたくらいだったらすぐ回復するんで。というか俺達これからバトルに行くんだよ! 傷くらい普通につくよ!
まぁ一部アレな声が混じってはいたが、ほとんどはこちらの背中を押してくれる声だ。そんな声を上げる観客の中、一部の人間が拳を突き上げているのが見えた。
なので俺はそれに答えるように拳を突き上げる。そして身を翻すと、背中から歓声の波が被さって来た。それに流されるように、俺はステージを降りるとそのまま通路の方へ駆けていく。スタッフ以外立ち入り禁止の通路だ。そこを、事前に確認していた駐車場に向けて走っていくと、その先に三人の人影が見えた。長船さんに翼ちゃん、源次さんである。
三人はドレス姿で駆けて来た俺にそのまま併走しつつ、声を掛けてくる。
「おう静、体は大丈夫か?」
元からなのか適合者となったからなのか、老いを全く見せない様子で走る源次さんからそう声を掛けられる。
当然皆
「大丈夫ですよ、源次さん。余裕で行けます……というか、これから本業な訳で気合も充分ですから!」
そう答えて、俺は力こぶを作る動作をして見せた。この体いろいろ細いし(それでいて出るところは出ている)、アホみたいな身体スペックを誇るのにあまり筋肉ある感じもないから力こぶほとんどできないんだけど。
でも言った事は本当だ。来てくださった観客への感謝はするが、あれはあくまで力を集めるための手段。その手段で疲れ切って戦えなくなったら本末転倒なので、きっちり事前検証はしてある。
どうやら確かに疲労はするんだけど、その疲労の質が違うみたいなんだよね。何度か実践してみたけど、
「いい根性だねぇ! 今日は頼りにしているからね!」
「あだっ、痛いですよ長船さん!」
「おっとごめんごめん」
背中を長船さんにばちーんとやられた。多分気合を入れてくれたんだろうけど、普通に痛い。思わず自然と手が出てしまったのであろう長船さんは、俺の悲鳴に笑いながら謝罪する。
そんな光景を横目に見ながら、翼ちゃんも笑っている。これから化け物共との戦闘に行こうって雰囲気じゃないけど、まぁこれでいいよな。
さぁ異星人どもをぶちのめしに行こう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます