ライブが終わって

ライブは無事終了だ。


終了後、控室にやってきた家族の皆と久々に直接顔を合せて話し、そんな彼らを見送った後俺は控室内の椅子の上に崩れ落ちた。体勢的には"燃え尽きたぜ"の例のアレだ(今の子達がわかるかどうかはわからんが……)。


そうしてしばらくじっとしていると、ノックの音がする。言葉で応じると扉が開いて人が入って来た。


……この控室周りはわりとガッチリ固められており、関係者以外は近寄れない。当然入って来たのは関係者だった。


「……まだいたんですか、真壁さん」

「時塚さん、割と私に当たり強くありません?」

「そんなつもりはないけど……」


ただ滅茶苦茶忙しいハズの彼女がなんでまだここにとは思ったので、突っ込み口調になってしまった感じはするが。いや本当に大丈夫なの? 他のメンバーとかに迷惑かけてない?


「お兄さん、さすがに疲れた感じ?」


ちなみにやってきたのは真壁さんだけではなく、その後ろには翼ちゃんもついてきていた。そんな彼女は心配げにそう聞いてきたので、俺は縦に首を振る。


「まぁあんなにいっぱい歌ったもんね。喉とか大丈夫?」

「喉とかは全然平気。多分信仰フェイスの影響で疲労感は結構あるけど」


ライブ時間は1時間以上あったが、あんだけ生で歌ったのに喉は枯れる事はなく平常通りだ。ただ信仰フェイスの力消費は結構強く感じる。多分限界までやっても2時間くらいが限界かな。


「立ち上がれないくらい疲れたんですか?」


真壁さんも心配げな表情に変わる。が、俺はそれには首を振った。


「これは身体的な疲れじゃなくて、精神的な疲れというか」

「ああ……さすがに初めてあれだけの人数を前にライブすれば、お疲れにもなりますよね」

「いや、それも一応あるんだけど、それ以外の面が強いというか……終わった後にダメージを受けたというか……」


俺の言葉に、真壁さんも翼ちゃんもこてんと首を傾げる。


そのままこちらの言葉を待っているようだったので、俺は言葉を続けた。


「いや、なんかさ。今回のライブ終わった後に、感覚的な話なんだけど……まだ力の蓄積が5分の1くらいしか進んでいない感じがするんだよね」

「……ようするに、満杯まで溜める為にはあと5回ライブをやらなきゃいけないってこと?」

「或いは5倍のキャパを持つハコでやるかですね。大丈夫、今日の時塚さんのクオリティであれば、3000人程度のハコとか余裕で埋まりますよ!」

「いや、そんな事は心配していないけどね?」


ただ、5回やるくらいだったら3000人一回で済ませる方がまだ気楽ではあるから、必要ならばそれくらいは埋まって欲しいという気持ちもある……それくらいとかいうと本業シンガーの方々に申し訳ない気がするが。こっちはチート能力持ちなので、眼を瞑って欲しい。


俺自身は歌うだけだとはいってもライブはやはり時間を取られる。訓練の時間とか考えると、出来るだけこっちに欠ける時間は少ない方が助かる。そもそもこのライブを続けていくならトレーニングも続けていかないといけないし。


「まあ、ドームを満員にしないといけないとかじゃなかっただけ良かったと思おうよ、お兄さん」

「まぁ、そうだな……」


別段フルに溜めなくても力を使えるんだが、いざという時に溜めた力が足りなくて負けるとかだと後悔どころの話じゃなくなるので、出来るだけ力は溜めておきたい。それをするのにドーム満員とか地獄どころじゃないので、この程度の人数で納められるのは救いかもしれない。そもそもそういったライブが必要になったり、防衛出動のタイミングを考えるとそんなデカいハコを抑えておくのとか無理だからそのくらいの人数で収まるのは良かった……良かったのか? ……良かったと思っておこう、俺の精神衛生的に。


「まぁでも、時塚さんならドームも満員に出来るところまでいけそうですけどね! なんか今日のライブ、進むごとになんというか感情も乗ってきて凄かったです! なんというか色気を感じましたね!」

「あ、わかる。お兄さん、今日のライブ後半に行く毎に凄みが出て来たよね……っていうかなんで肩落とすの!?」


それがもう一つの精神的ダメージの理由だったからです。


二人のいう通り、というか歌っている最中でも感じていた事だけど、今日のライブ歌を歌うごとに心が自然と昂ってきて、歌が、旋律が自然と体の奥底から湧き上がっている形になっていた。正直終盤の方は明らかに俺の持つレベルを大きく超えた歌唱力を発揮していた。


それと同時に、体も火照ってくるのも感じていた。真壁さんが色気を感じたのもそれが理由じゃないかと思う。というか色気と言われても……


いや、つらいって。


確かに歌を歌っていれば興奮してくるというのも普通にある事だが、今回のソレは明らかにそれを超えている。まるで、この体がこうやって歌を歌い人々から信仰を向けられることに特化したようにカスタマイズされているような……いや、本当にそうなっている可能性があるな……能力的考えても。


そんな話を二人に伝えたら、案の定真壁さんが瞳を輝かせた。


「やっぱり時塚さんはアイドルになる運命なんですよ!」

「……アイドルはやめて。せめて歌手にして」


ここまで来ると、そういった運命のレールに乗ってしまったという事は否定しづらい。しかも自分の足でそのレールの上に載ってしまったので、誰にも文句は言えない。ただ乗ったレールが自分の目的地と全然別の場所へとつながっていただけで。


……ともかくとして、俺の能力として歌を歌って皆から注目を集めればいいだけなので、アイドル活動する必要性はない、ハズ。


「でも頻度高くやるんだったら、さすがに歌だけだと力の集まりに影響がありそうじゃないですか?」

「うっ……」


確かにどんなにレベルが高い歌を歌えたとしても、それを頻繁に聞かせていればさすがに注目が弱くなるかも。多分能力的にそうなると力の集まりが悪くなりそうだ。


「……とりあえず振り付けまでは頑張るよ」


こうなると、逆に映像だと意味がないのは助かったかもしれない。テレビとかに出ても全く意味がないのでやる意味がないからな。変にバラエティとかに出なくていいし、面と向かって女の子扱いされて可愛い可愛いいわれなくて済む。


……ライブ中、歌ってないときに結構俺の事を可愛いとか言っているのが聞こえて来たんだよな。まぁあれはある程度遠くだし反応しなくていいからよかったけど、面と向かって言われた場合正直愛想笑いを浮かべる以外の対応が出来るとは思えない。


まぁ振り付けに関してまでは乗りかかった舟だ。別に激しいダンスを踊る訳じゃないしなんとかなるだろう。


……後は、本当にライブ中に元の姿に戻らない事を祈る。もしそんな事が発生した場合俺はもう日本では生きていけなくなる気がする。


「とにかく成功おめでとう、お兄さん。多分今日のライブ映像が流れたら、爆発的な人気が出ると思うよ!」

「強力なライバル登場ですからね、私達もよい一層頑張りますよ!」

「日本中にお兄さんのファンが出来ちゃうかもね! SYMPHONIAとコラボライブとかもしちゃったりして!」

「ぜひお願いしたいです!」


なんでか二人は盛り上がっているが、俺としては程ほどの人気でいいんだけどなぁ。ぶっちゃけ力を貯めれるだけの人員が集まればいいんだから。なんなら知名度が上がりすぎるとそれだけ街中を歩きづらくなるわけで。変装すればそんなにはばれないのはわかったけど、俺の事を知る人間が出ればそれだけ気づかれる可能性が高くなるからなぁ……


決して叶わないはかない願いになりそうな感じは多いにしていたが、自分の人気が"程よい"感じになる事を祈る俺だった。






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