ファーストライブ
★第三者視点
某月某日、〇〇市市民ホール "フロイライン型"マテリアル適合者 「サイレン」 ファーストライブ会場。
EGF関係者の親族および知人しか呼ばれてはいないとはいえそれでも600名を超える観客を収容した会場は、今喧騒の真っただ中になあった。
その理由は単純。豪奢なドレスを身に纏いステージの上に立つ、銀髪の女性の存在の為だ。
"サイレン"。最近突如現れた新たなるマテリアルの適合者。その名前は最早日本中の人間が知るものとなったが、その姿は一部の隠し撮りのようなものを除けば隠されていた。
そんな彼女が、初めて公に人前に姿を現すのだ。それは喧騒にも包まれよう。
「うわぁ……滅茶苦茶可愛い」
「なんかものすごいゴージャスなドレス来てるけど、衣装なのかな?」
「いやあれ戦闘用衣装だぞ、以前の隠し撮りもこないだ出回った動画もあのドレス着てたし」
「マジかよ……」
「何がすごいって、そのゴージャスなドレスに全く負けてないビジュアルだよ」
「プラチナブランドなのもあって、なんか神秘的な雰囲気も出てるよね」
「あれで元は男とかマジ?」
「……そういやそんな情報公開してたな」
「女として自信を失うとかそれ以前のレベルに綺麗なのに、そんなのってあり?」
「もうそんなの気にしないレベルの美人だな。俺は中身が男でも全然推せる」
「これはSYMPHONIAに強力なライバル出現の予感」
「皆間違っても課長の名前呼んじゃわないようにね。ちゃんと"サイレン"ちゃんと呼ぶように」
「了解」
「いやあんたが課長とか言っちゃってるじゃないの」
「あっ……」
「気を着けなさいな」
「部長とか特に名前呼び気を付けてくださいよ」
「大丈夫だ……というかそもそも声出すつもりもない」
「いやそこは声出して応援しましょうよ、一緒に!」
「俺あいつと付き合い長いんだよ。だからこそ勘弁してくれ」
「なんかあの子遠い目してるわね」
「……緊張しているのかしら?」
「いや、あれは「俺なんでこんな所にたってるんだろう?」とかそんな事を考えているときの目よ」
「あー、確かにあいつは昔っからこういう理解の範疇を超える状況になると、そんな感じになってたな」
「……写真では見せてもらったけど、本当におじさん美人になったね。面影が全くない」
「そりゃなぁ……」
「というかおじさんって呼んじゃだめだよ。他の人に知られると面倒な事になるからってサイレンさんも黙ってくれてるんだから」
「っとごめん、注意する」
「それにしても、アイツがこんな舞台の上に立つ姿を見る事になるとは思わなかったなぁ」
「それ一番感じてるのアイツだとおもうよ」
☆主人公視点
……俺何でこんな所に立ってるんだろうなぁ。
いや、解ってるんだ、解ってる。ここまで来て何考えるんだって。
でもな、ここまで怒涛の展開だったから、まだ心が追い付いていない所があるのは許して欲しい。何せ
というかよくこの短期間でいろいろ準備を進めて、ここまで人集めたもんだと感心するわ。さすがに大きなハコは抑えられなかったと言われたけど、600人超は充分に多い人数だからな。
あと! 確かに家族と会社の同僚に声を掛けたのは俺だけど! 何故最前列のすぐ後方に配置した!? 思いっきり目があってやりづらいわ!
もしかしたら見知った顔が見えた方がやりやすいだろうとか余計な気を利かせたスタッフがいたのかもしれないが、完璧に余計なお世話である。
EGFのスタッフは男の時に俺と付き合いがあったのは翼ちゃんくらいしかいなかったからいいけど、同僚と家族は皆年単位の付き合いなんだぞ。後なんで部長まで来てるの!? 新田さんが誘ったの?
そんな30代の男の姿を知っている面々の顔見ながらアイドル擬きのステージやるの? マジで? 親父もお袋も兄貴夫婦もその子供達も勢ぞろいしてるんだぞ!?
あと真壁さん、なんで今日も最前列に座ってるんですか。暇なの? TVカメラもあるしさぁ……今後の為の広報用で、生放送ではないようだけど。
「はぁ……」
誰にもばれないようにこっそりため息を吐く。まぁここまで来たらすべてが今更だ。思うところはいろいろあっても覚悟は決まっている。
基本的に今回のステージ、俺がやる事は歌う事だけだ。開始前や曲の合間のMCは別の人間がやってくれる。なので俺は歌う事だけに集中すればいい。
……丁度、前説のMCが終わったようだ。この後すぐに曲が始まるハズ。さすがに時間がなさ過ぎてバックバンドとかはなしで音源だけが用意された形だが、そこは許して欲しい。
──よし。
曲が始まると、喧騒が収まってゆく。
そして俺、”サイレン”は歌い始める。とりあえず出だしで躓くという事はなかったので、ずっと感じていたドキドキが少し収まってくるのを感じする。
そうすると、視界にうつる人たちの表情が変わるのも見えてきた。
先ほどまでは浮かんでいたのは、笑みや興味の表情。だが今、皆の顔に浮かんでいるのは……驚きだろう。
ここ1週間、みっちり歌に関しては特訓して来た。勿論付け焼刃だからプロには遠く及ばないけど、元が音痴というわけでもないので一応聞けるレベルには仕上がったハズ。そうなると、声量と声質、そして音域の広さが大きく物を云う。
スタッフの一人がいっていた。俺の歌声は響き、心に轟き、体にしみこんでくると。
その時は歌詞を作る才能あるんじゃない? 俺の曲の歌詞つくってもらおうかなんて冗談で笑い合ってたけど、もしかしたらそれは比喩ではないのかもしれない。なにせ不思議な能力を保持する俺だ、そんな力があってもおかしくない。……記憶にはないけど。
俺の歌声は一応ラジオでも流れているはずだがあくまでラジオだから聞いてない人も多いだろうし、あの時からは歌う時の技術も上がっている。そして何より生というのはやはり何らかの媒体越しに聞くのとは違うものだろう。部長がポカーンと口を開けているのが見えて、そこだけなんだかほっこりしてしまった。
そして、俺の中に何かが流れ込んでくる心地よい感覚。まるで暖かさを伴うようなそれは、検証の時よりも遥かに強い。それでもまだまだ蓄積するための"タンク"には余裕がある感じだったが。どれだけだよ。
一度歌い始めてしまえば、勢いもつく。目立ったミスをする事もなく歌は順調に進んでいく。そうすれば、観客たちも驚きから抜け出し、その興奮を表に出すように体を動かし始める。
その姿が、更に俺に安堵を与えてくれる。大丈夫だとは思ってたけど、ここでしらーっとした雰囲気になったら精神的にきついなんてものじゃないからな!
そして、サビを迎える。
観客のボルテージが上がっていく。うまく行っている、このまま最後まで──そう思った瞬間だった。
これまで更に強い感覚が体を走った。不快な感覚ではない、むしろこれまでより更に心地よい感覚。だがその感覚は想定より強く、思わず一瞬声がうわずってしまった。
それを何とか戻すが、体に走る感覚は消える事はない。……これもしかして、より強い力の流入を受けたせいか? え、歌いながらこんな感覚に耐えなきゃいけないの?
だが不思議な事に、観客のボルテージは更に上がる。歌のレベルが更に1段階上に上がったからだ。俺自身、興奮するのを感じていて、その興奮がまるで歌に力としてこもっていくように感じる。
……よくわからないけど、どうせ止まる事なんてできない。ならこのままこの勢いにまかせるしかない!
俺は体に湧き上がってくる何かと火照るような感覚に身を委ね、ただ歌い続けた。
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