多忙な日々
翌日から激動の日々が始まった。
まず最初に、専属のスタッフがついた。いや元々各班毎に担当のスタッフはいるんだけど、それとは別に個人マネージャーがついた感じ。さらにそのマネージャー以外にも、俺のライブを運営するために専門のチームが立ち上げられることになった。ウチの支部のメンバーだけだと人手が足りないので。他部署等他所からも人材が集まってくるらしい。話が加速度的に大事になっている。
そんな感じで、うちの支部の職員は大忙しになったんだけど……当然その中心となる俺ものんびりとなんてしていられるわけがないわけで。
翌日、いきなり全身を採寸された。なんでも専用衣装を作るらしい。マジか……さすがに最初のうちは変身後のドレス姿で通すらしいけど、ずっと同じ衣装だとマンネリ化して聴衆の反応が悪くなるかもしれないのでとのこと。まぁ検証の時、衣装を変えるだけで良い反応が出るのは解っちゃってるからな……てか、マンネリ化するほどやる事になるんですね、もう覚悟は決まったから頑張るけど。尚衣装はちゃんとしたデザイナーに頼むのと、既存の衣装を改造したものと両方用意するらしい。何着用意するつもりなんだ?
それから俺自身に関しては、元々入れていた歌関連のトレーニングが大幅に増えた。真壁さん曰く振り付けとかも受けた方がいいという助言はあったものの、こちとらこれまで特にそういった事をする事もなく数十年生きていた、一般のおじさんである。さすがにいきなりそこまでは無理。
ということで、とにかくまずは歌を仕上げることにした。声量とか声質は全く問題ないんだから、後はとにかく音を外さないようにね。元々音痴ではなかったのが救いだ。
「うあー……」
「お兄さん、大丈夫?」
夕食の時間EGFの食堂で突っ伏していた俺は、頭上から声を掛けられ頭を上げると正面に翼ちゃんが座っていた。いつの間に……全然気づいてなかった。
「お疲れだねぇ、お兄さん。もうご飯は食べたの?」
「食べたよ」
「部屋には戻らないんだ?」
「この後またちょっと打ち合わせがあってね」
近いから部屋に戻ってもいいっちゃいいんだけど、ほんのちょっとの休憩だけの為に部屋に戻るのも面倒くさかった。
「こないだから、本当大変そうだねぇ」
「正直慣れない事だから精神面がつらいな」
あの能力に覚醒した日から今日で4日経過するが、正直ここまで夜と食事の時間以外殆ど動き回っている。まぁ決算時期やシステムの移行時期などで殆ど一日仕事漬けの時期とかは過去に何度も経験しているけど、それとこれとは話が違う。
やはり慣れない事を詰め込まれたスケジュールをこなしていくってのは、体以上に精神面が疲弊するわけで。食事を終えた後グロッキーにもなるというものだ。
……この4日間ずっと食堂で飯を食っている。自炊する気力もない。そういう意味でいうと、朝方髪とか整えてくれるスタッフさんめっちゃ助かるな。本当は髪とかも洗って欲しいとことだが、さすがにそこまでは頼めないけど。髪長いから本当に洗うの面倒なんだよ……
とにかくまぁ、そんな事を考えるくらい疲れているということだ。歌の訓練もそうだけど、そもそも衣装合わせとかがすでに始まっててなー。既存の衣装のサイズ合わせとかちょくちょく行われている。
この年になって、女性の手で着せ替えをさせられるとは思わなかったわ。
それ以外にもいろいろ詰めなくちゃいけない所とかが多々あって、本当に密度が高い。その状態は俺だけではないんだけども。
何もかもが急ピッチで進んでいる。ここまで周囲が急いでいるのは、勿論の事理由がある。
以前にもちょっと話したが、大規模侵攻の可能性が取りざたされているのだ。
前回の俺の正体が発覚した襲撃の頃からそこそこ立ったが、あれ以降は別の地域も含めて襲撃はおきておらずその傾向もない。更にその前の状況も含めると……今の状況や観測されるデータが、過去に数度起きた大規模侵攻の時と類似しているのである。
マテリアル適合者は最初期を除けばこれまで襲撃の殆どを被害無しで切り抜けているが、さすがに大規模侵攻の時は完全に防ぎきれていない。どうしたって人手が足りないのだ。そのため大規模侵攻時は緩衝区域に近い区域の住人たちには避難勧告が出ているし、最終的には一部区画の廃棄なども発生している。
それに対してEGFは可能な限り被害を削減する為様々な施策を打ち出しているのだが、そこに現れたのが俺、というか"フロイライン"型のマテリアル適合者という存在だ。最も襲撃は激しくなりそうな所に俺を派遣して"
最大規模まで力を貯めこんだとしてどこまでの範囲の
大規模襲撃に対し大きな対策となる能力が確認されたのだ。そりゃ、次の大規模襲撃に間に合わせるために、巻いて巻いての進行になるよなぁ。俺だってそれを拒絶する気なんてないから、こんなグロッキーになりながらも頑張っている訳だし。
「ほーんとお疲れ様だよ、お兄さん。……マッサージする?」
「体はそこまで疲れてないから平気だよ」
適合後は身体スペックあがってるから、さすがに体の方はこの程度では余裕だ。
「お仕事の方はどうしてるの?」
「あー……そっちは休んでいる。……このまま休職か退職かも」
さすがにここまで来ると在宅でも対応している時間がない。最初の日にいくつか引継ぎを行った後は完全にそっちは休みだ。……俺の将来の不安から籍を残している形になるけど、これ以上迷惑かけるとなるとすっぱりやめる事も考慮せんとなぁ。その場合は適合者引退するときにEGFに就職先斡旋させよう。
「まあ、仕方ないかな。今後も多分お兄さんずっと忙しくなりそうだしね」
「当初予想したのと全く違う方向でだけどな」
最近までは企業の経理課長やっていただけのおっさんが、幼い頃のヒーローへの憧れを思い出して変身アイテムに手を出した結果が、アイドル衣装を着てのライブ活動することになるなんて予想できるわけないだろうよ。
「でももう気持ちは固まってるみたいだね?」
「そりゃね」
国防に関わる事だからね。
「そっか。じゃあライブ楽しみにさせてもらうね。おじさん達も聞きに来るんでしょ?」
「あー……まぁ、一応?」
すでに最初のライブは決まっている。とにかく最短期間で準備をしたらしいがさすがにその期間でちゃんとしたハコも用意できないし、何よりいろいろな問題があり、最初はEGF関係者の周辺の人間が招待される事になった。素性の確認が出来るし、試験開催というところだ。何せ本来EGFはこういったライブを運営する団体じゃないからね。SYMPHONIAの方の事務所から協力は受けるらしいけど。
俺の方は、とりあえず家族と新田さんを含めた会社の人間を何人か。ようするに俺の正体を知ってかつ付き合いのある人間を何人かだ。いや別に呼びたくなかったけどな。晴れ舞台とかじゃなくて、個人的な感覚で言えば恥舞台だし。ただどこからか情報は伝わった場合間違いなく後から言われるからな。
まぁ試験開催といっても数百人規模なので、目が合うようなことはないだろう。というか絶対に目は合わせないようにしよう。歌えなくなりそうだし。
……はぁ、数百人規模まじかー。俺、もう少ししたら数百人の前で何曲も歌うのか。どんな感じになるのか、そもそもそれだけを前にして本当に俺は歌えるのか……想像がつかねぇ。
それからも適合者としての訓練、能力の検証、歌の練習、衣装に関する対応、ライブに向けての打ち合わせ等に追われながらどこか非現実的な感覚を抱きつつ時は過ぎてゆき。
──無事というかなんというか、異星人の襲撃はおこらないまま、いざライブの日となった。
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