検証
結局カラオケは中断となった。俺の気がそぞろになってカラオケの方に意識がやれなくなったからな。
EGFの方に戻り、新たな能力に目覚めた事を報告。すると即座に能力の検証に入る事となった。
これに関しては当然だろう。突如湧いてきた記憶を信じる限り
というわけで、検証作業が始まる事になった。
EGFの職員の内、急ぎの仕事がある職員以外が訓練場の方に集められる。更には工兵系のスタッフがどこからか資材を持ってきて、手早く簡易ステージをくみ上げてしまった。その上に俺は立つことになった。
……一応それなりの規模の会社勤めだし、忘年会とかで大勢の前に立つ事もあったのでこの時点ではそこまで動揺する事はない。見える顔ぶれも、概ね顔見知りだからな。元々
──まあそれはさておき、これは必要な検証だ。俺は先ほどカラオケでも歌った曲を、改めてこの場で歌い始める。
まず最初は力を発動していない状態での歌唱。これは当然何も変化ない。それを記録担当のスタッフに連絡し、次は能力を発動してから歌い始める。
すると、歌い始めてしばらくして体に変化が訪れた。なんというか……体の中に何かが流れ込み、蓄積されているのを感じる。それは不快な感覚ではなく、むしろ心地よいものだった。これが
それから、更に検証は続く。
繰り返し何度も歌わなければいけないので、基本的に曲は1番のみ。曲は全部同じ曲を立て続けに歌った。
最初の歌は変身前の姿だったので、次は変身して歌う。今度も同じ感覚が得られた。多少弱い感じがしたのは、単純に同じ曲を繰り返して歌っているからだろう。
全員が目を瞑ったり背中を向けたりで視線を外した状態でも歌ってみた。これは、ほぼ力の感覚はなし。やはり視界に捉えている状態じゃないと駄目みたいだ。
完全に俺の姿を隠し、大型のディスプレイに投影した状態での試験も実施。……悲しい事にこれも反応なし。この時点で俺が今後人前に出て歌を歌わなければいけないことも確定した。
その他、歌わずにただ立っているだけの状態だったり、ステージの上からスタッフとトークしたりなども実施してみたが、これらは力の供給は感じはするものの、やはり歌唱時程の効果は得られなかった。
「それじゃ、一度休憩入れましょうか」
「そうですね」
スタッフの人から声を掛けられて、俺は息を吐きながら体の力を抜く。。
一曲当たり1~2分で済ませているとはいえ、さまざまな検証を繰り返しているので歌った回数は軽く2桁を超えていた。それ以外にも検証は行っていたし、合間合間で検証の為の説明が入ったりもしていたため、すでに検証作業を開始してから1時間が経過している。
検証の対象メンバーがあまり変わっては効果に影響が出る可能性があるため、その間職員もずっと拘束状態だ。彼らも休憩が必要だろう。
それと途中で気づいたんだが、この能力も使用していればきっちり疲労はするらしい。力を集める能力だから平気かなとか考えていたんだけど、集める力と疲労は別物らしい。という事は無制限に力を集められるわけでもないってことか。
後は力を蓄積できる上限だけど、こちらは感覚的な話になるがまだまだ余裕がある感じだ。これは人数の問題だろうな。……がっつり溜めるにはこれを遥かに超える人数が必要か。まぁ、うん……
とにかくちょっと休憩だ。説明担当の職員がステージに上って来たので、俺は入れ替わりにステージを降り、
「それじゃサイレンさんは、衣装変更に入ります! その間休憩タイムに入ります! 15時より検証を再開しますのでよろしくお願いします!」
……は? 今なんて言った? 衣装変更?
頭にクエスチョンマークを浮かべながらそう口にした職員の方を見ていると、別の職員に腕を掴まれ、そのまま連行された。連行された先は個室の一室。その中には女性の職員のみが数名と……あとなんでここにまでいるの真壁さん?
「それじゃ、変更する衣装はこちらになります。着付け自体はお手伝いしますので、まずは今来ている服を脱いでいただけますか?」
「いや、その前に状況を説明して?」
衣装変更するなんて話一切聞いてないんだけど? そう思い口にした言葉に、回答は別の方向から返って来た。
「私が提案したんですよ、時塚さん」
「真壁さん……?」
「アイドルとして、歌手として、言わせて頂きますと。ライブなどで人の意識を集め、高揚させるには歌だけでは足りません。衣装や振り付け、表情だって重要なファクターなんです。その中で振り付けや表情はすぐには無理でしょうけど、衣装ならすぐに準備できるでしょう?」
「いや、すぐに準備できるものでもなんいじゃ……どっから用意したんですか、これ」
EGFはアイドル事務所とかじゃないんだから、制服はあってもそういった衣装は準備されてないだろう。真壁さんの所属している支部ならあるかもしれないが……
「マネージャーに連絡して、私の衣装を持ってきてもらいました」
「何してるんですか!?」
いや、本当に何してるんですかアンタ! あっ、カラオケBOX出る前に何かどっかに連絡してたけど、もしかしてあの時か!?
「検証としては、真壁さんのいう通りその要素は確認する必要があると思います」
「あの人数のスタッフをあんまり長時間拘束するわけにも行きませんから、着替えましょう」
「大丈夫よ時塚さん、ちゃんと似合うから」
いや、別に似合うとかそんな事は気にしてないんだよ。というかこの場所味方がいねぇ! いや、多分今の状況だとEGF内部に味方がいないな?
マジかよ……よりによってまだ20代になったばかりくらいの真壁さんが来ている衣装を俺が着るの? 本当に? 外見はむしろ真壁さんより幼いとはいえ、中身はおっさんでしかない俺が?
いや、ワンチャンアイドル衣装だって可愛いものだけじゃないし……
「あ、うちのマネージャー特に可愛いのセレクトしてきてくれたみたいです」
終わった……余計な気を使ってくれましたねマネージャーさん。
「というかそもそも、変身時にドレス来てるし今更じゃないですか?」
「いや、そうなんですけどね……」
でもあれは戦闘時に着る衣装で、感覚的にはそれこそ鎧とかに近い感覚だからな。後変身したら選択の余地もなく勝手にあの恰好になるのと、自分で着替えるのでは意識的な違いが……
「踏ん切りつかないなら、お着換えお手伝いしましょうか?」
「自分で着替えます」
はぁ。
まあ、力を使う事自体は受け入れたんだ。それなのにここでより効果を受けれる可能性を否定するのは女々しすぎるな。それこそ俺が憧れたヒーロー像とはかけ離れている。
しかた、ないか。
「あの、さすがに皆に見られながら着替えるのは恥ずかしいので、ちょっと目を外しておいてもらえます?」
「あ、解りました。着る方に関してはお手伝いしますので、ある程度身に着けたら声を掛けてください」
部屋からは出て言ってくれないのか……まぁいいや。
俺は、覚悟を決めると、身に着けていた服を脱ぎだすのだった。
──追記。
用意されていた衣装はフリフリの滅茶苦茶可愛らしい衣装だった。
そしてその衣装を着けて歌った結果、それまでで最も力が流れ込んで来たことを記して置く。
……マジかよ。
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