信仰

「……お兄さん、どうしたの?」


突然浮かんできた情報に歌う事が止まってしまい、翼ちゃんに不思議そうに声を掛けられる。見れば真壁さんも怪訝そうな顔でこちらを見ていた。


「ああ、いや」


もう少しで最後のサビという所まで来ていたので、気を取り直してひとまずは最後まで歌いきる。それからマイクを置いて、俺は浮かんできた記憶に意識を集中した。


これ、以前能力を思い出した時と同じ感覚だよな。なんでこんなタイミングで……


浮かんできた能力は……”信仰フェイス”ぅ!? なんだよ、信仰って!


神様に祈って、何かを起こしてもらう系能力か? でもどこの神様に? マテリアル送り付けて来たであろう異星人の母性の神様とか? 見たことも聞いた事ない神様に対して信仰とかまともに向けられたりできるかな……その辺も記憶を漁れば浮かんでくるのだろうか。


ええと、この能力の具体的な内容は……


……


……


……


「ナニコレ」

「時塚さん、どうしました?」


自身の記憶の持つ情報を覗き込んだ結果、その内容を知り思わず漏らしてしまった言葉に真壁さんが声を掛けてくるが、俺は即座に反応できなかった。まさにナニコレな能力に意識がいっていたからだ。


能力、信仰フェイス


自身に向けられた敬愛、信愛、畏愛などの強い思いを力へと変える。能力発動時のみ可能。歌唱時に強い効果を得る。


この能力によって入手した力によって、他の能力──特に障壁バリア祝福ブレスが強化される。


この能力は変身時以外でも使用可能。


……


……


「いや俺が信仰される側かよ!」

「きゃっ!」


その内容に思わず声を荒げて立ち上がって突っ込みを入れると、すぐ横で悲鳴が聞こえる。そちらに視線を向けたら、真壁さんが驚いた眼でこちらを見上げていた。


更には翼ちゃんも歌う事をやめて、眼をぱちぱちさせながらこちらを見ている。


そうだった、カラオケ中だった……


さすがにこんな行動をとって、事情を説明しないわけにはいかない。俺は二人に対して新たな能力が浮かんできたという事を伝えた。


それ自体は他の適合者でもあることなので(基本すでに他の適合者がいるから俺みたいに全く知らない能力を思い出すというよりは、使い方だけを思い出す感じらしいが)、二人はすぐにその話を受け入れた。


受け入れた上で、翼ちゃんが次に放った言葉がこれだった。


「実は前から思ってたんだけど……お兄さんの能力ってどう考えてもヒーローじゃなくてヒロインのそれだよね?」

「うっぐ」


彼女の言葉が俺の心に刺さる。──俺もそう思ってたからな!


人々の想いの力を集めて、それを他者に譲渡する。そんな能力、物語ではヒーローでなくてお姫様とか聖女みたいなヒロインポジションにいる子がやる事なんだよ。集めた力を譲渡する相手がヒーローでさ。


なんでそんな役目を30半ばの経理課長……いや、自主降格しているから元課長か、それに与えたんだ? もっと適役がいるだろう、それこそ目の前にいる真壁さんとか翼ちゃんとか。


まあ異星人からしてみれば「単純に体が適合しただけだろ。知るか。こっちは手を貸してやってるんだから訳のわからん文句つけるな」なんだろうけど……


だから俺はヒーロー願望はあったけど、ヒロイン願望はないんだって。当たり前だけど。俺もヒーロー型やマシン型が良かったよ。


真壁さんヒーロー型だっけ? マテリアル交換できないかな……


そんな内心を抱きつつ真壁さんを見るが、当然彼女はそれに気づかず少し興奮した調子で口を開く。


「でもその能力、かなり有効な可能性がありますよね。翼、時塚さんの祝福ブレスって結構能力あがるのよね?」

「うん。はっきりパワーアップしたって感じ取れるくらいには能力上がるよ」

「それが更に強化されるのはかなり大きいわね」


真壁さんの言いたい事はわかる。俺の能力、特に祝福ブレスの強化はかなり大きな戦力になる。


──この能力を使わないって選択肢はありえないよなぁ。


ダンゴムシ型のように、最近新しいタイプの怪物が現れてきている。それに現在奴等の襲撃は散発的だが、これは主に検証と偵察だと考えられている。実際こちらに迎撃できる戦力がいると理解した上であの程度の数をぶつけてくるのは、それが目的だとしか思えない。あわよくば支配領域を増やせれば程度の考えはあるかもしれないが。


前回の大規模侵攻からは大分時間が空いているため、近々発生する可能性は高いと考えられる。その際に、この能力を使っていなかったことで被害が出たなんてことがあったら後悔してもしきれないだろう。


俺が憧れた子供の頃のヒーローならば、恥ずかしいからって皆を護るための力を得るための行為を行わないなんてありえない。自分の判断で国防……いや、世界を危険に晒すなんて真似ができるはずがない。


それは解ってるんだけどねぇぇぇぇぇぇぇぇ!


この能力って、ようするうに、そういうことをしろって事だよな?


心の中で頭を抱える俺の横で、真壁さんと翼ちゃんが俺の能力に関する考察の言葉を交わす。


「でもこの能力を使う為にどうすればいいんだろ? 信仰って名前だし、宗教団体を起こすとか?」

「言葉に引っ張られすぎでしょう。まあ、皆に時塚さん……いいえ、サイレンさんに向かって祈ってもらえばいいのかしら」

「でもお兄さんまだあんまりはっきり皆の前に姿を現したわけでもないし、そもそも流れた動画もすぐ消されたからお兄さんの姿認識できてない人多いよね。それでも大丈夫かな?」

「……ちゃんと皆の前に一度姿を現さないと駄目な気がするわね。……時塚さん、やっぱりアイドルやりましょう、これはもう運命がそう言っています」


運命!? いやだよそんな運命! そういうのは若い子達に任せたい!


というかそっち方面に話が行きそうだと思って"歌唱時に効果が増す"ってのは言わなかったのに(※いずれバレるので単なる悪あがき)結局そっちに話がいくのか。


とはいえ話を聞きつつ自分の能力に関する記憶を漁っていたら、発動条件の中に信仰を向けてくる対象が俺の事を視界に収めている必要があるという条件があるので、力を集める為には人前に出てなんなら歌わなくちゃいけないのが確定である。


本当になんなんだよこの能力。強力ではあるんだろうけど、条件がひどい。それこそ真壁さんが入手してたら何の問題もない能力だったのに。


せめて、映像越しでOKとかにならんかな。能力の事を考えると、厳しそうな気がするけど。そういったことも含めて、EGFの方に戻ったら報告して検証か。


まあやりますよ、やりますけどね。結果としてすでに姿がばれてるからそこら辺も気にせず公開できるような状態になっているのは結果オーライか。いやあいつらは許さんけどな?


覚悟を決めたので、小さく俺はため息を吐きながら先ほどの真壁さんの言葉に答える。


「……アイドルかどうかは置いといて、人前にでなきゃいけなのは確定だな」

「やっぱり「やるわけない」がフラグになっちゃったね、お兄さん……」


翼ちゃんがそう言葉にしつつ、気づかわし気な顔でこちらを見てくる。やめて、せめていつもの揶揄い気な感じで見て、そんな目でみないで! いたたまれない気持ちになってくるから!


てか今回は爆速回収すぎたわ、そのフラグ。もう俺この系統の言葉言わない方がいいかも。







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