アイドル

真壁さんの歌声は、さすがというか格が違った。


正直フラットな観点で言えば、声質と声量は負けていない。というか声質は勝っているといってもいい。


だが、声質にしても声量にしても変身後の体にプリセットされていた能力であり。技術面に関してはすべてが負けている。


あたりまえだ、そもそも彼女はプロだぞ。比較する事自体がおこがましい事である。というか、テレビ越しとかでも上手いと当然おもってたけど、こんだけ近距離で生歌を聞くと、上手いを通り越して凄みを感じてしまう。


真壁さんは元々アイドルで適合者になった事で一気にスターダムを上り切った子だけど、きっと今みたいな世の中にならなくてもトップアイドルに辿り着いていた気がする。あまりアイドルとかには興味がない俺ですら、この姿と歌に魅力を感じるくらいだから。


しかし、マジでこの後に歌うの……? などと思ってたら、真壁さんの歌が終わってすぐ次の曲が表示された。


俺はまだ入れていない。真壁さんもマイクを置いたので連発というわけではない。というわけで、次の曲を入れたのは翼ちゃんだった。いや、翼ちゃんまったく物おじしないな。まあ友達だから慣れているのかもしれないが。


翼ちゃんも歌が上手かった。だがさすがに一般人レベルではあったので、失礼かもしれないが安心した。これで彼女もくっそ上手かったらどうしようかと思った。


というか、カラオケ別に歌の上手い下手を気にする場所じゃないからな。とても楽しそうに歌っている翼ちゃんを見ていると、気にしすぎの自分が情けなく思えて来た。うん、わりとひさびさだし素直に楽しませてもらおう。少なくとも俺は音痴ではないハズだし。


そうして、最初という事で歌いなれた曲を入れることにした。こないだの戦場で歌ったアレだ。


翼ちゃんからマイクを受け取って歌い始めると、二人がこちらに視線を向けてくる、トレーニングやこないだの実戦で何度か俺の歌を聞いている翼ちゃんは、先ほどと変わらずニコニコしていて特に変化なし。だが真壁さんの方は歌いだした俺の声に一度目を見開き、それからなんかキラキラした目でこちらを見つめて来た。いや、さすがにそんな視線を向けられると歌いにくいんですけど?


とりあえず顔があっていると気になって仕方ないので、歌詞の出ている画面の方だけを見て出来るだけ彼女の方を見ないようにしてなんとか歌いきった。変に噛んだりとちったりしなかったので自分的にはセーフなレベル、のハズ。


と、そこで丁度飲み物が来た。真壁さんも次の曲をまだ入れていなかったようなので、まだ全員一曲ずつだが一息をつく。


「ラジオで聞いたときも凄いと思いましたが、生で聞くと時塚さんの歌声、本当に素晴らしいですね」


貴方がそれを言うの? 普通俺が貴方に言う言葉じゃない?


「プロでもここまでの声を持っている人はいませんよ。デビューして技術を身に着けたら間違いなく上位に行けるレベルです。武神シリーズの主題歌がすごく楽しみになってきました」


あれ、それ知っているの?


いや、同じ組織にいるから情報がそこまで秘匿されることもないだろうし、そちらの業界のトップに近いところにいるんだから耳にしていてもおかしくないか。


「ほんと、SYMPHONIAにスカウトしたいくらいです。──どうです、お試しで加入してみませんか?」

「いやいやいや、無理ですって!」


以前翼ちゃんからそんな話を聞いたけど、それ本気だったの?


「アイドル活動全般だとさすがに大変でしょうから、歌だけの限定メンバーとしてでも構いませんよ?」


あかん、目がキラキラしているままだ。冗談じゃなくて、大分本気含めた感じで言っているだろこれ。


咄嗟の反応にこまってしまいふと視線を彷徨わせた所、翼ちゃんと目が合った。


「……そうだ、俺なんかより翼ちゃんはどうですか?」


完全なる押し付けを狙ったアレだが、許して欲しい。


だが真壁さんはその言葉には首を振った。


「翼は過去に勧誘済みです。断られましたけど」

「だって私マテリアル適合者って公開してないから。適合者をSYMPHONIAには合わないよ」

「あ、そっか」


翼ちゃんは現役大学生で、マシン型の適合者の為基本的に姿を人前に晒す可能性は少ない。それもあり、彼女はEGFの職員である事は公にしているが、適合者であることは同大学の中では知られていない。当然大学の上層部は知っているらしいが、秘匿情報なので生徒にそれが伝わる事はない。


出動時大学を抜けてくるのも、EGFの職員の仕事として抜けてきているらしいからな。適合者じゃなくてもある程度の特別扱いはあるようだ。まぁ国家公務員みたいなもんだし。


「と、とりあえず俺もアイドルは無理です」

「そうですか、残念です。あ、でも気が変わったらいつでも連絡してきてくださいね。電話番号を交換しておきましょうか」

「あ、はい」


さすがにこれを断るのはどうかと思ったので、電話とメールだけ情報を交換しておいた。……俺のスマホのアドレス帳に、人気アイドルの名前が並んじゃったよ。


「ところでお兄さん、ちょっと気になったんだけどさ」

「……ん、何?」

「マテリアル適合者になったらその姿と声になったんだよね?」

「ああ」

「フロイライン型の適合者って、みんなそのすがたになるのかな?」

「……どうだろう。でも全く同じ声と外見になるとしたらちょっと怖いな」


俺がこの姿になってからしばらくたつが、フロイライン型の適合者はいまだ俺一人だけだ。なのでこの状態が固有なものなのかどうかは判断できない。


そんな疑問を、予測ではあるが否定したのは真壁さんだった。


「多分異なってくるんじゃないかしらね? どの型でも、変身後の姿が全く同じという事はないし」


彼女の言う通り、ビースト型は元よりヒーロー型やマシン型も同じ型とはいえ、形状はそれぞれの適合者で異なっている。そう考えれば、フロイライン型も違ってくる可能性が高い。というか違ってて欲しい。さすがに声も外見も全く同じ存在がしかも同じ組織とかにいるってあまりいい気分がしない。勘違いを招きそうだし。変身後だけ同じ姿ならまだいいんだけどな……


「という事は、いずれSYMPHONIAみたいにフロイライン型3人でアイドルグループ! って事もできそうだねお兄さん」

「あら、そうしたら強力なライバルどころの話じゃないわね。やはり今のうちになんとかしてスカウトしておくべきかしら?」

「絶対にそんなアイドルグループ作る事はありませんので安心してください」


しかもそれ中身が俺みたいにおっさんとかだった場合、外見は美少女だけど中身はおっさん3人のアイドルグループになるじゃねーか。やらんて。


「お兄さんの「やるわけない」は信用できないからな~」


こら、翼ちゃんニヤニヤしない! 言われる理由は解ってるけども!


翼ちゃんの言葉の意味がわからない真壁さんがきょとんとしていたので、「そんなことよりそろそろ次歌いましょ」とリモコンを進める。


そこから先はわりと和やかにすすんだ(いやぎすぎすしてたわけじゃないが)。若い女の子二人とのカラオケだったが、二人とも話しやすいタイプだったし真壁さんもその後はアイドルの話とかを解くには出してこなかったので。ただ俺が歌ってる時に相変わらずキラキラした目で見てくるのがちょっとあれだが。


そうして、大体歌い始めて一時間程経過した頃の事。


俺の頭の中に存在しない記憶と知識が浮かんでくるという、過去に覚えのある感覚が押し寄せた。


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