カラオケ

引っ越しから数日が経過して。


現在の俺は、過去病気の時くらいしかしてないくらいの引きこもり生活を満喫している。(量は減ったもののまだテレワークで仕事はしているし、ほぼ直結状態のEGFにはトレーニングの為頻繁に出向いているので、引きこもりという言葉は微妙かもしれないが)


移動時間とかも気にせず、トレーニング終わった後すぐ風呂入って寝るとかもできるから遅い時間まで出来るので、とっととこうさせてもらった方が良かった気がしなくもない。(尤も毎日出勤していた時期だとEGFから出てくる銀髪美少女とか、目立ちすぎてあれだったから無理だったろうが)


俺が活動する場所はほぼ俺の正体を知っている人間しかいなくなったわけで、大分気分的に気楽になった。いろいろバレる前からそもそも外見のスペックで視線集めてたしな。


そう、落ち着いた状態である。──見えない所に目を向けなければ。


新田さんやEGF職員の話では、ネット上では俺に関する事がどんどんヒートアップしているらしい。ファンアートとかも上がってると聞いた。俺のファンアートってなんだよ、アイドルでもなんでもないぞ。


……いや、ラジオで(録音だが)歌を披露したり、取材に応じたりはしてるけど。アイドルではない。そこは否定したい。切実に。


まぁそんな状況ではあるので、先日の翼ちゃんの予想通り、仕事の依頼は更に爆増しているらしくて担当職員さんがひぃひぃいっていた。


先日の取材された記事の乗った雑誌とかラジオの反響凄かったから、さもありなんて感じではある。


だが、今の所は俺の方に話が来ていないのでこっちは静かなもんである。量が多いのでEGF側の方で選別中とのことだ。信頼性のない相手や、俺が望まないタイプの依頼(直接不特定多数の前に出るような仕事や生放送等)を弾いてくれて、それから俺に掲示してくれるとのこと。なので現状は本当に穏やかなものだ。


そうそう、トレーニングだけど能力や体力のトレーニングだけではなく、ボイストレーニングも開始した。武神シリーズの主題歌を歌うに向けての練習である。30を超えてこないだまでただの経理課長だった俺が、そんなもん受ける事になるとはね……ちなみにこのトレーニングもEGFの方で手配してくれて、EGFの施設の中で受ける事になった。


戦闘とは全く関係ないトレーニングなのにいいの? と思ったが、適合者は行動が制限される分できるだけ様々な事に便宜を図るようになっているそうで問題なとのこと。そもそもEGF側もどこかに出かけられるより施設にいてくれた方が都合がいいそうで、お言葉に甘える事にした。


っていうか、先ほど穏やかに過ごしてるっていったけど、それは精神面の話であって肉体的にはめっちゃ忙しいな! 現状はトレーニングと防衛などに関するミーティング、仕事、それにボイトレと割といろいろ詰め込んでいるので趣味の時間があまりとれない感じだ。まぁ滅茶苦茶やりたい趣味とかは持ってないからいいんだけど。防衛絡みは過去の傾向や観測されている数値から今後規模の大きい襲撃が発生する可能性が非常に高いということで、密度が高くなってきているし。


今後ここに広報関連のお仕事も混じってくるだろうしなぁ……ま、ここは調整効くからスケジュール死にそうなら受けなければいいんだけどな。


とにかくそんな感じで日々を過ごして、俺の顔がネットに流れてから一週間くらいがたったころ。翼ちゃんの方から「遊びに行こう」と誘いが入った。うん、先日の引っ越しを手伝ってもらった時にOKだしてたからいいんだけど。なんか感覚的に親戚のおじさんを誘うよりも同年代の女の子を誘う感覚で誘われている気がする。まぁこの姿になって再会するまで10年くらい顔を合せていなかったわけで、年上の親戚より世代の近い同僚的な感覚になるのは仕方ないかもしれないけど。喋り方も大分砕けてきたし。


尚、行き先はカラオケとなった。


場所としては悪くない。例によって変装していくにしたって、わざわざ人通りの多い街中をバレるリスクを背負ってまで動き回りたくないわけで。その点今回いくカラオケは割と繁華街から少し離れた所にあるし、なにより中に入ってしまえば人目を気にする必要ないしな。


難点は一回り違う世代のずれだが、まぁ俺もここ最近の歌を知らないわけではないし、十数年くらいの世代の差であればメジャーな歌であれば翼ちゃんも知ってたりするだろ。


ちなみに、友人を一人連れてきたいとのことで、それも承諾した。外部の人間だと困るけど、EGFの人間だそうなので問題ない。俺も別にコミュ障ってわけでもないしな。職員の人かね? 俺の知っている人かな?そういや新田さん達にも誘われてたな。落ち着いたら一度くらいは付き合うか。


とにかくということで、寮住まいではない翼ちゃんとは現地集合という事になった。丁度出がけに用件が入り、少しだけ遅れて俺はカラオケボックスに向かったんだけど……


◇◆


「はじめまして、時塚さん」


そこにいたのは初対面の、でも知っている人だった。


というか俺もこないだからかなりの人間に顔を知られたけど、彼女はそれより更に顔を知られているいるだろう。なにせ、テレビなどにも出演している人物だったので。

日本中の老若男女に知られている存在だ。


そんな女性が、黒髪をさらりと前に流しながら小さくこちらに向けて頭を下げた。


「真壁さん……なんでここに?」


真壁刹那。アイドルグループ『SYMPHONIA』リーダーにして、マテリアル適合者。現在国内でもトップクラスに注目を浴びる存在がそこにいた。


「友達連れてくるっていったでしょ、お兄さん」


いや、言ってたけどね? こんなインパクトのある人だったら先に教えておいて欲しかったかな!?


「えへへ、ちょっとサプライズ。刹那がお兄さんに会いたいって言ってたからさ」

「私から頼んだので、翼を怒らないであげてくださいね?」


……そういや、以前翼ちゃんは真壁さんと友人っていってたな。むしろこの状況は想定してしかるべしだったか。


──って、うん?


「翼ちゃん」

「何? お兄さん」

「本業のアイドルの前でカラオケで歌うの?」


別に会社の女性社員含めてカラオケとかはいったことは何度もあるし、こないだ思いっきり表で歌ってるから初めてあった人の前で歌う事は問題ないけど、それがプロの前となると話が違ってくるんだが?


「別に気にする事なくない?」

「いや気にするでしょ」


翼ちゃんはそりゃ何度も一緒に来てるだろうし、気にならないだろうけどね?


「いやほんとお気になさらず、今日はオフですし。それに私時塚さんの歌聞かせて頂きたいです。こないだラジオで聞かせてもらった歌、とてもよかったので」

「それはその……ありがとうございます」


……まぁ覚悟を決めるか。ここまで来てやっぱり歌わないで帰るとかできないしな。相手もSYMPHONIA全員とかプロデューサー的な人がいなかっただけ良かったと考えよう。それに、プロの生歌を間近で聞けるってのは単純に考えればご褒美だしな。


「わかりました。それじゃ、よろしくお願いいたします?」

「はい!」


挨拶がこれであってるのかという気持ちがあって最後が疑問形になってしまったが、真壁さんは元気よく頷いてくれた。まぁ現役アイドルという事を考えなければ付き合いやすそうなタイプかもしれない。


「それじゃ、とりあえず飲み物頼もっか。後何か食べ物いる?」

「軽く何か欲しいかな。翼に任せるわ。飲み物はアイスティーがあればそれで」

「おっけ、お兄さんは」

「とりあえず烏龍茶で」

「はーい」


翼ちゃんがいそいそと手慣れた動きでパネルから注文をする。


「ちなみにトップバッターは刹那からでいいよね?」

「任せなさい」


え、真壁さんが最初に歌うの!?






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る