引っ越し

「お兄さん、これはとりあえずこの棚に並べておけばいい?」

「ん? ああ、それでお願い」


背後から掛けられた問いに振り向いて答えを返し、再び俺は目の前の段ボールに意識を戻す。


段ボールの中には下着やソックス、シャツなどが入っている。それを引っ張り出しつつ、タンスの中へとしまいこんでいく。


今、俺と翼ちゃんは引っ越しの荷ほどき作業の最中だった。


──先日の異星人の襲撃は、なんとか事なく終息した。


俺自身もスライム擬きのせいでぐしょぐしょになる羽目になったが、今更異星人の中では"歩兵"に過ぎない触手型に後れを取る事はなく、問題なく撃破を完了した。


もう片方の居住区域に向かった異星人も長船さんが問題なく処理し、他の場所に落ちていた連中も別のチームが対応し、なんとか緩衝区域内で事を収める事ができた。


ちなみにあのスライム擬きだが、恐らく落下する異星人をくるんで着地時に衝撃を抑えるクッションの役目をしたものと予想された。体が透明に近いため発見しづらさはあるが移動速度も遅く戦闘用ではないとのこと。まぁ光剣レイソード一発で死んだしな。


とにかく、そんなこんなで一般人にも適合者にも被害を出す事なく無事終了した。


そう、戦闘自体はだ。別の所で問題が起きた。


その問題は、例の不法侵入者のせいで発生した。


あの連中……大学生とフリーターだったらしいんだが、俗にいう底辺の迷惑配信者という奴等だったらしい。視聴数を稼ぐために、人の迷惑になるような事をする連中な。


で、そんな連中が緩衝区域にやってくる理由といえば、配信目的以外ないだろう。


恐らく、異星人を近くで映すとか、戦っている適合者を映すとか、そこまでの事は考えていなかっただろう。そこまでのがあるような連中じゃない。せいぜいが人っ子一人いない緩衝区域を映したかった程度だったはずだ。ただそこにたまたま異星人が現れてしまった。


で、だ。


そんな連中だから、当然撮影していたわけで。俺は、そんな連中の前に姿を現してしまったわけで。奴らの前に現れた時、俺に向けてスマホを向けて来た奴。アイツがアレで撮影していたらしい。


それは半ばわかっていたので、EGF職員になんとかしておいてくれって意思は伝えて、職員さんも当然連中からスマホは没収してくれたんだけど。


あれ、動画を撮影してたわけじゃなくて、生配信してたらしいんだよね。


──はい、世間に俺の顔がばれました。そりゃもう完璧に。


EGFの方でも当然気づいて即座に配信を停止させ、アーカイブも残さないようにさせたらしいんだけど。残念ながら俺の顔の映ったスクショや、誰かがキャプチャーしていたらしい動画がSNSに流出した。


即座にこちらにも削除要請を出したらしいが……ここで俺の話題性が悪い方に働き情報が一気に拡散されてしまった。ぶっちゃけそれも違法行為なんだが、SNSでは承認欲求を満たすため軽い気持ちで転載する奴なんかいくらでもいるからな。全員叱られろや、畜生。


いや、いつかはバレるかと思ってたけどさ。こんな早々にバレることになるとは思ってなかったわ。クソ迷惑配信者許すまじ。


まぁあいつらに関しては俺が何もしなくても制裁が加えられることになるけど。


たかが不法侵入で? と思う人もいるかもしれないが、緩衝区域への不法侵入はそこらの場所への不法侵入とはわけが違う。


理由は当然、戦闘の邪魔になるからだ。


民間人がいれば、それが不法侵入者だとしてもそいつら毎敵を吹っ飛ばすことはできないし、さすがに放置もできない。その結果適合者やEGF職員の行動に制限が産まれてしまう。


実際今回だって、本来であれば居住区域へ向かっていた方の異星人を真っ先に二人で叩き潰すのが本来の動き方だったはずだが、あいつらがいたせいで俺達は分断して行動する羽目になった。たまたま今回はそれぞれが一人で対処できる相手だからよかったものの、相手の型によっては突破されて、居住区域に侵入される可能性もあった。


あんな化け物が居住区域に侵入したら──どうなるかなんて考えるまでもないだろう。


そう、あの連中は多数の民間人の命を危険に晒したのだ。


多分当人達は初犯だし厳重注意くらいで済むだろう……なんてことを考えていたのだろう。


残念ながら、そんなに甘くはない。異星人関連で策定された新法は厳密に適用される。連中の罪は不法侵入に適合者の情報拡散、もしかしたらEGFへの妨害行為も適用されるかもしれないな。とにかく不法侵入が重い。ようするに、完全に前科者、将来は真っ暗である。


可哀そうとかは欠片も思わんが。


で、話を戻すと正体が完全にばれた結果、今のアパートに住んでいるのは周囲に迷惑をかけかねないと判断する事になった。例のルールがあるのでマスコミが押しかけてくるなんてことはないけど、明らかに周囲に変な連中が増えたのは確認したし、悪意はなくても話しかけられる事や視線だけ向けられてひそひそされることも増えた。


なので、引っ越す事にしたわけだ。引っ越し先はEGFの職員寮。


ここなら周囲に住んでいるのは俺の正体知っている人しかいないし、何よりEGF支部と隣接した場所にあるのでほぼ人の目に触れずEGF支部に出勤できる。更に、外出するときにするも手伝ってくれるらしいので、話を聞いた時俺は迷わず決断した。


というわけで荷解き中なわけである。翼ちゃんは今日暇だったそうで手伝いに来てくれいた。


そんな彼女には小物とか食器とかの方をお願いして、自分は服関連、特にアンダーウェアの奴を優先して片付けていた。ほら、外見上はいくら女の子でも中身はおっさんなわけだし、精神面がおっさんの下着をいくら親戚の子とはいえ女子大生に片付けてもらうのって罪悪感があるじゃん……?


気を使いすぎかねぇ。でもまぁ服の場合はどこに入れたか分かった方がいいし、自分でやった方がいいよな。


……しかし、女物の下着に対して何も感じなくなって来たなぁ。自分で穿いている奴だから当たり前なんだけど。


「……おにーさん、なんか下着シンプルなのばっかりですね」

「翼ちゃん?」


気が付くと、後ろから翼ちゃんが俺の手元を覗き込んで来た。


「もうちょっとバリエーション持たせないんですか?」

「いや、別に穿ければいいから……」


下着なんて誰かに見せるわけでもないしな。男の前で着替えないのは当然として、女の子と一緒に着替えもできないし。だって間違いなく今の外見利用しておっさんが地痴漢行為していると思われるやん……


「あ、でもひとつだけ高そうな奴あるね」

「これは実家から送り付けられた奴だから」


がっつりレースの高そうな奴、選んだのお袋なのか菫さんなのかわからないけど、実家から送られて来たんだよな。一着くらいは持っといた方がいいとかあったけど、持っていてどうしろっていうんだよ、こんなの?


「今後一緒に可愛いの買いに行く?」

「行かないからね?」


そのにやにや顔やめなさい、揶揄っているのバレバレだから。


「でもお兄さん、女物の下着を着けるの自体は抵抗ないんだね。てっきり男物の下着穿いているのかと思った」

「あー、そこら辺は最初の着替えでEGFが用意してくれたのが女物だったせいか、そのまま来ちゃった感じかなぁ」


一番最初のに身に着ける時は変質者感あったし、着け心地も違和感自体はあったけどわりとすぐに慣れちゃったなぁ下着は。ある程度この体に慣れると、もうブラは着けないとどうにもならないし、だったら下も別にいいんじゃねとなってしまった。結局の所シンプルな奴ならブリーフとさして変わらない気もするし。


とりあえず片付け終わったので、覗き込んでくる翼ちゃんの目から隠すように引き出しを閉じた。別に恥ずかしいとかいうわけではないけど、ねえ?


「後は、お洋服を片付けておわり? お兄さん。全部開けるの?」

「いや、こっちにある段ボールだけでいい。向こうの済に置いてあるのは男物だから当面は着る事ないだろうし」

「あ、まだ持ってるんだ」

「そりゃ持ってるよ……」


いつ体が戻るかわからないので、一応男物の服は捨てずに持ってきている。ただしばらくは着る事はないだろうし、この社宅もそこまで広いわけではないので(1LDK)最低限の服を除いて残りは実家の方に送っておいたけど。


……あの服また着る時が来るのかなぁ。来るといいなぁ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る