緩衝区域
運転してくれているスタッフは適合者ではないので、当然汚染区域には立ち入れない。また緩衝区域は戦場となるリスクもあるので、早めに退避する必要がある。なので、途中からは当然徒歩の移動となる。
異星人達の動きが想定より早く、俺達は予定地点より少し手前で降車する事になった。相手が完全に動きだしてからだとスタッフの退避時間がないし、緩衝区域は建造物が概ね残っているので翼ちゃんがマシンを生み出しにくい。
運転手に別れを告げ、更に源次さんとも別れる。源次さんはこのまま緩衝区域でいつも通り狙撃体勢に入る。相手が前回同様ダンゴムシで来た場合は狙撃をする必要があるので早めに配置につくはずだ。今回は迎撃の為、ガンナー型だけは援護に出してきているチームもあったはず。
残りのメンバーは、ある程度間隔をとって広がって配置が指定されている。これは複数チームが出場するときでも珍しくない配置だ。相手の攻勢が始まったらその地点に駆けつける事になる。変身後ならかなりの速度が出せるので、数km程度ならすぐに駆けつけられる。
その目的の地点まで、俺と長船さん、翼ちゃんの3人は人1人いない住宅地の中を駆けてゆく。
いや、正確に言うと駆けているのは俺と長船さんかな。翼ちゃんは変身した長船さんに抱えられている、マシンを呼びだしていない状態だとこちらの方が早いので。ちなみに俺も変身済みである。変身前でも身体能力は上がっているが、やはり変身後とは比べ物にならないからな。
その長船さんに抱えられた翼ちゃんが声を上げる。
「お兄さん、美幸さん、ちょっと不味いかも。想定以上にあっちの動きが──」
彼女がそう、言葉を言い終える前に──空を光条が走った。走ったのは手前側から。どこかのチームのガンナーが射撃を行ったようだ。
「翼ちゃん、今のは?」
「えっと……うん、カタパルトを狙撃したけど重騎士型に防がれたみたい」
「重騎士型が出ているのか……」
重騎士型は防御力に特化した異星人だ。速度が遅いのであまり前線に出てくることはなく、まだ俺は遭遇した事もない。見た目が西洋の鎧甲冑に似た姿から重騎士と呼ばれている。
「距離が遠すぎるね。全力射撃でも重騎士型は撃ち抜けないでしょ」
長船さんの言葉の通り、ガンナー型の射撃は当然距離で減衰する。相手方のドームまではかなりの距離があるのだから、重騎士型を撃ち抜くのはほぼ無理だ。一応作戦の一つとして、相手がダンゴムシ型を射出する前にその射出装置を破壊してしまうというのがあったんだけど、これは失敗に終わった形だ。
──いつくるかわかってるなら、潜伏しておいて近くに寄っておくという手もあるんだけど。前兆を抑えてから襲撃までの時間は1時間もない。更にドームは接近すると感知できるらしく防衛用の異星人達が出てくる。あまり現実的な手段ではなかった。
「それで、数はいくつなんだい? 翼ちゃん」
「3で確定です」
「前回と一緒の数だな」
「ただ今回は一か所に集中しているから」
数自体は前回と一緒。ただ、前回はそれぞれ別方面に出現したダンゴムシが今回は1か所に集中しているらいし。そのせいで反応が大きく出ていたのだろう。
「3つも防げるのか……?」
「今回はウチ含めて5チームが出撃してるし、更に二人ガンナー型が支援に入っているから大丈夫だと思……あっ」
俺の呟きを聞いて俺に答えていた翼ちゃんが、途中で言葉を切った。
「どうしたのかしら、翼ちゃん?」
「ダンゴムシ型が射出されたみたい」
「もうかよ!」
緩衝区域はほぼ抜けたが、配置予定地点までは辿り着けていない。思った以上にあちらの動きが早い。
俺は走りながら空を見上げる。射出されたなら、ガンナー達が動き出すはずだ。
尤も、あまり距離がありすぎると先ほど言った通り威力が減衰するので、少しひきつけてからの狙撃となるだろうが。ただ前回の速度を考えれば数十秒でこちらに到達するので、まもなく攻撃開始するはずだ。
だがその前に緩衝区域を完全に抜けた。
「美幸さん、おろして!」
「はいよ」
長船さんに抱きかかえらていた翼ちゃんは降ろしてもらうと、即座に自らの機体を呼び出して吸い込まれていく。
同時に俺と長船さんは通信機を身に着ける。……変身時に服とかが収納される謎空間に研究の結果吸い込まれない素材で作られている通信機だが、極稀に吸い込まれる事があるんだよな。だから装着はできるだけギリギリにしている。さっきまで変身していなかった翼ちゃんに持っておいてもらったのだ。
これで戦闘準備完了、持ち場へ急ごうと思った時に、ついに空に光が走った。
だが、その走り方が予測と違っていた。
本来光はほぼ横に走ると思っていた。しかし実際に走った複数の光は角度が思った以上についている。
その理由は源次さんの声ですぐに伝えられた。
『連中、前回より角度をつけてダンゴムシを射出しやがった!』
角度をつけて……? 理由は迎撃しづらくする事と、射程を伸ばすためか?
あまり高度が高くなれば、前回の長船さんのように上から叩きつけて落としたり、俺が治療した八雲さんのように正面から受け止めるなんて事もやりづらい。異星人どもめ、姑息な真似を……
だが、その軌道なら滞空時間は長くなる。その分狙撃による銃撃がしやすい。実際次々と空に光が走る。今回はガンナー型は全部で7人が駆り出されている。ダンゴムシが3つあっても一つあたりに2人か3人でかかれる。
「源次さん、いけそうですか?」
『感触的に、居住区まで届かせることはねぇ。ただ、緩衝区域には届いちまうかもしれん』
「了解」
通信機越しに応答を返してから、俺は全身スーツ姿になった長船さんの方を見る。
「長船さん」
呼びかけに彼女は頷いた。
「予測落下地点が出るまで、このままこの位置で待ちましょう」
「ええ」
「翼ちゃんは緩衝区域に落ちるようだったら、他のチームの援護に」
『了解』
火器を扱い巨大な翼ちゃんの機体は緩衝区域での戦闘には向かない。緩衝区域に大きく被害を出すという理由もあるが、なにより流れ弾が居住区に行ってしまっては事だからだ。まぁ俺がバリアを張ればそのリスクは大分減らせるんだけど……
俺達は再び空を見上げる。光がおおよそ3箇所に向けて走っていた。それがダンゴムシの位置だろう。……うん、うちと隣のチームの間辺りに一個飛んでくるな。
光の角度を見ると、確かにこれは手出しが出来そうにない。素直に落下に入るまで待つしかないか。といっても後ほんの数秒の話だろうが──
『緊急連絡!』
突然、通信機から声が響いた。オペレーターの女性の声だ。
『緩衝区域にて民間人の侵入が確認されました。それに伴いEGFスタッフも緩衝区域から離脱できておりません! 戦闘時留意願います!』
「はぁ!?」
流れて来た情報に声を大きく上げたのは、長船さんだった。そしてそのまま頭を抱える。
「阿呆が、まだいたのね……」
同意だ。緩衝区域は立ち入り禁止。これは法で定められている。ようするにその連中は法を現在進行形で犯しているわけだ。そしてこういった事を起こす連中は大概はそれを理解していない連中。阿呆以外の呼び方はないだろう。
しかもよりによって、緩衝区域に敵が落ちて来そうな状況下だ。いやな予感がした。
悪い時は悪い事が重なる。最悪な事に、その予感が当たった事が通信機から示された。
『空中でダンゴムシ型がその身を開いて数体を射出しました!』
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