視線
明らかに視線の数が増えた、な。
満員とまではいかないがそこそこの混雑の電車の中、扉を背にして立ちながらそう思う。
銀髪碧眼の美少女という非常に目立つ外見のためこれまでも視線は集まっていたが、その量が明らかに増えている。特に若い連中からの視線が男女問わず増えた。さっきからちらちらとこっちを見ている奴らは、気づかれていないとでも思っているのだろうか?
これは、歌が拡散されたせいだろうなぁ……
以前も超望遠の写真がでたときがあったけどあれは本当に遠隔でなんなら風景写真にUFOが映りこんだみたいな感じだったし、一部のガチ勢の方では広まったけど一般層には広まってなかった。だが今回は……がっつり記録に残っていた歌がまずかったんだろうな。結構な範囲で拡散され、その結果俺、というかフロイライン型の適合者の外見もそこそこの一般層に知れ渡ってしまったようだ。
そうなると、うん……銀髪なんていう日本ではあまりみない特徴の上に身長も(推測だが)ばれており、何より目撃された地点の近くの地域にいるという条件が適合しまくっている俺を疑ってみる奴が増えるのは当然と言えた。
こりゃもう、いよいよ時間の問題だなぁ……
いずれバレそうだってのは解ってたし覚悟はしてたけど、それが思った以上に早くきてしまった感じだ。
古い漫画やアニメだとロクに顔とか隠していないのに何故か正体がばれなかったりするけど、現実はそんなわけにはいかないわけで。
自分自身はもう覚悟の上だからいいんだが、会社や親類に迷惑がかからないようにしないといけない。すでにEGFには依頼しているので便宜は図ってくれていると思うが……一応、実家の方には近寄らないようにしている。電話連絡は取ってるけど。
ちなみにお袋や菫さんにはまた洋服の買い出しとかに誘われたりしてるんだけど、これも自重──してたら何着か服が送り付けられてきた。
まぁ着る服が増えるのは助かるんだけど……着た服の写真送って、じゃないんだわ。とはいえ貰った手前断りづらくもあり……結果自宅で一人ファッションショーである。終わった後しばらく何も考えず呆けた状態になったのは言うまでもない。
しかも、しかもだ。
大半はまぁ普通に着れる奴なんだけど、その中に明らかな少女趣味の服が混ざってるのはなんでなんだよ! 菫さんが選ぶわけないしこれ絶対にお袋だろ!
ねぇ、貴女の息子今外見はこんな感じだけど中身は三十半ばのおっさんですよ? ずっと見て来たんだから知ってますよね? それなのにこんな服着せようとしてるの? もしかして元の俺の姿覚えていらっしゃらない?
──ああ、着たよ。着てちゃんと画像も送ったよ。間違っても流出なんてさせるなよってメッセージと共に。先日までおっさんだった男があんな服を着たなんてしれたら社会的に死んでしまう。特に会社の同僚とか以前の俺を知る人間に見られたら最悪どころではない。あの服は今後クローゼットの中で永い眠りにつき一生目覚める事はないだろう。
それでなくとも戦闘時のアレがドレス姿なんだからさぁ……
まぁそれはさておき。
自宅の方はそれでいいとして、会社の方は……在宅勤務にさせてもらうか?
引継ぎはもう大部分終わったし、あまり会社にいかないとできないって事はなくなっている。通勤しなければ会社に俺が勤務している事に気づかれる可能性はかなり低くなるだろうし。平社員になったからこれまでみたいに外部の人間との打ち合わせに必ずしもでる必要もなくなったからな。これは後で上司に相談してみるか。
我儘いっている自覚はあるけどなぁ……自身の将来への不安から会社に籍を残しておかせてもらってる訳だし。でも掛ける迷惑のレベルを考えるとこっちの方がいいだろう。営業職じゃなくて本当に良かったと思う。
「っと……」
考え事していたら背後の扉が開いたので、俺は慌てて体を端に寄せる。駅に着いたらしい。ぞろぞろと人が乗って来た。結果結構な人口密度になるけど、まあ通勤時間帯だし仕方ないね。我慢するのは二駅くらいなのでなんてことはない。
ただ、なぁ。
人口密度が高くて周囲の人間と密着するのはいい。これまで何年もこの中で通勤して来たので慣れたもんだ。
だけど、妙にこっち側に重心掛けてくる奴、テメーは駄目だ。超ぎゅうぎゅうだったら致し方なしだけどそこまでじゃないだろ、一つ向こうにいるサラリーマン明らかにまっすぐ立ってるじゃねーか。
そいつの間に胸を庇うように腕をつっこんで睨みつけてやると、そいつは慌てて顔を背けて重心を戻した。よし。
てかお前な、これ相手が相手だったら痴漢扱いされて人生お先真っ暗だぞ? これがそこまで自分の未来を掛けてやることか? 俺だって女性の感触は嫌いではないが、そんな自分の人生を掛けて身の回りに迷惑かけて相手を不快にしてまでやろうとすることは理解できない。そこまで深く考えてないだろうし出来心なんだろうけどさ。
そういやこういった偶然?を装った接触じゃなくて、がっつり尻を触る系の痴漢に合いそうな事もあった。この体になっていろいろスペックがあがって感覚も鋭くなってるから触れられる前に気づいて腕掴んで睨んでやったけど。そうしたらちょうどドアが開いたので腕を振り払って逃げられた。
まぁまだ未遂状態だったし目立ちたくなかったのもあり追跡はしなかったんだけど、会社に行って女の子達が心配してくれて怒ってくれた。後ちょっと苦言も言われたけど、逃がしちゃ駄目でしょって。常習犯だったら別の子が被害にあっちゃうかもって。ごもっとも。
とはいえ、今の程度で痴漢判定してたら満員電車で痴漢冤罪大発生しちゃうからなぁ。二度とするんじゃねぇぞっていう意思を込めて睨みつけるにとどめておく。
しかし実体験すると女性ってのは大変だね。こういうのに限った話じゃないけどさ。ちなみに満員に近い状態になったことで視線が通らなくなったから視線はほぼ感じなくなった。だからといってこっちの状態がいいとは言わんけど。
在宅勤務にすればこういった面倒もなくなるなぁ。家に引きこもって仕事することによる運動不足とか、EGFの訓練とか実戦があるから心配するまでもないし。そもそもこの体、運動不足で能力とか落ちたりするのかな……? 一応普段の肉体は人間の物とほぼ変わりないって診断結果は出てるけど。尚ほぼなのは、機能は同一な上で一般的な人間のそれよりスペックがあがっているというのがあるため。これはフロイライン型に限った話ではなく、他のマテリアル適合者にも言える話だけど。
そんな事をだらだら考えている間も電車は進み、再び背後が開く。そして押し出されるように俺は電車の外に出てため息。ぞくぞくと降りてくる人の流れを邪魔しないように進んでから振り返ってみると、先ほどの男はすでに見当たらなかった。今後出来心で同じことをしないように祈るよ。
「さて、と」
一つ伸びをする。いろいろ考えたが、それもすぐには無理な話だ。ひとまず今日はこのまま会社に出勤。
うーん、漫画とかのヒーローだったらこんな細々としたことは悩まなくていいんだろうけど、現実は世知辛いねぇ。
EGFの給料と出撃の度に払われる手当は結構な額が貰えるから、これはきっちり貯金していこう。老後の資金溜まればこんな会社に迷惑をかける可能性を抱えてまで居座る必要ないもんな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます