歌声

昼休み中には会社に出勤したかったんだけど、病院までの距離がそれなりにあったのでやはり無理だった。昼休憩を一時間程回っての出勤である。残りの勤務時間は半分しか残ってないけど、まぁ仕方ない。


会社に出勤して自席に向かう時、全員ではないけど何人かの社員がちらちらとこっちを見ているのを感じた。


最初の頃はそれこそじろじろ見られたものだが、さすがにそれなりに時間が経過してからはその視線も落ち着いていたんだが。なんだろう。こんな時間に出勤してきたからだろうか?


そんな疑問を感じながら仕事をしていたが、その疑問は休憩をとりに自動販売機のあるレクリエーションルームに行った時に解決した。


「か……時塚さん」


自販機でお茶を買い、戻ろうとしたところで数名の女子社員に声を掛けられた。


「新田さんに……後藤さんと春川さんか。何?」


俺によく声を掛けてくる女子社員である新田さんと、その新田さんと仲が良い二人の女子社員が並んでこっちを見ている。


「時塚さん、ちょっと伺いたい事あるんですけど」

「何?EGFの事なら教えられないよ?」


別にEGFの事全てが離せないわけじゃないけど、どこまでがセーフなのかのラインを考えるのも面倒なので。EGFの事に関しては必要最低限しか話さない事にしている。結構聞いてくる奴いるんだよな。


だが、彼女達の目的はそれじゃなかったらしい。


「これなんですけど……」


新田さんが差し出してきたのは、彼女のスマホだった。その画面には、街並みの向こうに、あれた廃墟が映っている。


……以前見せられたように、また俺達が映っている写真……いや、これ動画だな。ネットに挙げられたんだろうか。


「あ、音量上げますね」


音量?


新田さんがスマホ側面のボリュームボタンを操作する。すると、スマホから歌声が聞こえて来た。音楽はない、アカペラの。


それを聞いて俺は息を飲む。


「これは……」

「これって、時塚さんの声ですよね?」


新田さんのいう通り、スマホから流れ出たのは俺の声だった。正確には祝福ブレスの時の歌声。


「新田さん、これは……?」

「先日コミュニティの方に上がったんです。居住区域に端っこの方で撮影してたらしいんですけど、そうしたらこの歌声が流れて来たって」


……マジか。確かにあの時俺は歌声を遠くまで届くようにして行使したつもりだったんだが、居住区まで届いてたのか。ちょっと恥ずかしいな……まぁあの歌はマテリアル適合者以外には特になんの効果もないので、恥ずかしいだけで済む話だけど。


「で、これ時塚さんですよね?」


……まぁ普段から俺の声を聴いている人間ならわかるよな。俺の正体を知っている会社の人間なら隠しても意味ないだろうと頷きを返すと、三人は顔を見合わせてから黄色い声を上げつつ俺に身を寄せてくる。


「な、なに?」

「時塚さん、歌すっごい上手いんですね!」

「元々声綺麗だとは思ってたけど、歌うと本当にすごい!」

「あー……うん」


彼女達の言葉は世辞の類ではなく本心から出ているのがわかる。


今の俺は役職付きじゃないから彼女達がわざわざ世辞を言う意味がないってのもあるけど……何より、自身の歌声の凄さを理解しているからだ。


歌唱力自体は普通。特段音痴ではないけど、まぁ一般人のカラオケレベル。


段違いなのは声だ。元々この姿になったときから綺麗な声をしているなと自分でも思っていたけど、歌ってみて、更にそのあと自身のトレーニングで録画されたものを見て驚いた。


俺は勿論そういったものを目指したことなんてないので、ボイストレーニングとかそういった類のものを受けた事なんて勿論ないし、学生時代に声楽部だったということもない。


なのに、歌を歌う時の俺の声はそういった訓練を送っている人間のように声が出せる。更にその歌声は誰もが耳を向けるような透き通った美しい歌声だ。


歌を歌う事で行使される能力があるくらいなので、歌に関する能力自体が高くなっているから何だろうか?


「ね、ね、時塚さん、今度皆でカラオケ行きましょうよ!」

「なんなら男子ハブって女子社員だけで!」

「ハーレムですよ、か……時塚さん!」


妙な事言うのはやめてくれないかね、新田さん。というか、


「カラオケはいいけど、男性社員は除外しないでいいよ。というか入れてくれ」


外見から扱いが女扱いよりだけど、内面が男なんだから周りが女子だけだと逆につらい。世代が近ければまだしも年下の子とかだと新田さんにみたいな子を除けばなかなか話が合わなくなるし。


かといって、男ばっかりもいやだけどな……やたら絡んでくる奴か、妙な距離感をとってくるやつの割合が結構多いし。


「それじゃ、今度セッティングしますね?」

「あ、トレーニングの日とかあるから駄目な日があるから後で教える。あと空いてる日でも緊急で出撃する可能性はあるから、その時は御免ね」

「りょーかいです!」

「で、用件はそれ?」


仕事中の時間だからあまり席を離れているのもよくはない。特に俺の場合は今日かなり遅れて出社しているわけだしな。そう思って戻ろうとすると、新田さんにとどめられた。


「あ、カラオケの件もそうなんですけど。一応伝えておいた方がいいかと思って」

「伝えて? この動画の事?」

「はい。その、この動画なんですけど……めっちゃ拡散されています」

「拡散って」

「この動画、閉じたコミュニティだけじゃなくて大手SNSにも流れてて……特に一部の投稿はすでに数万単位のRTをされているんですよね」

「マジか……」


数万単位RTだと、かなりいろんな人間の目に入るよなぁ……やはり歌声の強さと適合者が歌っているであろうシチュエーションで興味ひいちゃうんだろうな。


まぁ音声だけなら広がっても実害は……


「それと、時塚さんの身長も解析されてましたね」

「なんで!?」

「今回も超望遠で撮影した人がいて、その写真から解析したみたいです」

「マジかよ……」


なんなんだよ、その熱量。そういった労力は別の所に使って欲しい。確かに周辺の建物とかと比較すれば割り出せるんだろうけどさ……


「まぁ時塚さん、今ネット上では時の人ですからね。皆少しでも情報が欲しいみたいです」


まぁ、そうなるかなぁ……


数年ぶりに現れた新たなマテリアルの適合者。しかも性別すら変わるというおまけ付きで興味を引く要素は大きいのに、情報規制が引かれているからメディアではEGFからの公式発表しか情報は流れない。


情報を少しでも集めたくなるって気持ちはわからなくもない。俺だって当事者じゃなかったら興味をひかれただろう。


せめて他の”フロイライン"型のマテリアル適合者が出てきてくれればなぁ……人の興味も分散するんだけど。


これで情報として流れているのは髪色、身長、声か。一応以前の新田さんに話だとその姿が変身時だけのものと思っている層もいるみたいだから、皆が皆日常生活までその姿と考えているわけではないだろうけど。


これまではぶち当たっていないとはいえ、戻ってきたとき、あるいは出撃する時を目撃される事はいずれあるだろうし、これは思った以上に正体ばれるの早く来そうな気がする。


ならいっその事だせる情報は出してしまうことも検討すべきかなぁ。


……EGFの方で相談してみるか。あっちはそういった対応も慣れているだろうし、権力もあるし。






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