病院
翌日。
普段ならとっくに会社に出勤しているハズの時間に、俺は地元からは少し離れた病院にいた。
別に俺自身に何かがあったわけではない。あの戦闘で一応一度は攻撃を受けたが適合者の防御力と回復力を考えれば後に残るようなダメージじゃなかったし、
会社に休みの連絡を入れてこんなところまでやってきているのは、EGFの要請があったからだ。
昨日初めて存在が確認されたダンゴムシだが、俺達の所以外に更に2か所出現していた。両方とも居住区に到達する前に迎撃できたらしいが。
東京湾方面に飛んだ奴に関してはガンナーが多数備えていたおかげで、遠距離からの集中砲火で早めに撃ち落とせたようだ。撃ち落とした後は少し苦労したそうだが……
もう一つはビースト型の適合者が体を張って止めたらしい。
俺が病院にやってきているのはそのビースト型の適合者の治療のためだ。
適合者は高い回復力を持つため、普通なら再起不能になるくらいの大きな怪我をしても回復する事はできる。ただあくまで回復力が高いだけなので、重い怪我を負えばそれだけ回復までは時間がかかる。
なので、EGFから俺に連絡が入ったわけだ。初めて
「こちらです」
前を歩いていた看護婦さんが一つの扉の前で足を止めると、ゆっくりと扉を開いてくれる。
「どうぞ」
示されるままに部屋の中へと足を踏み入れると、そこには一つの青年が横になっていた。
年のころは二十代前半くらいだろうか。腕にも足にもギプスが付けられいて非常に痛々しい。
彼は長船さんのように上から叩き落としたわけではなく、半ば正面からに近い形で迎撃したらしい。その結果の重体だ。表面上の傷はすでに回復しているらしく見えている肌には外傷はないが、恐らく体の中はまだズタボロだろう。
早く治してやらないと、な。
ここはEGF傘下の病院で、勤めている人間も皆EGFの関係者だ。正体とかは気にする必要がない。そもそも呼ばれてきているわけだし。
「クロテ」
変身のトリガーとなるキーワードを唱え、俺はドレス姿に変身する。……俺の場合体はそのままで着ている服が変わるだけだから変身というか、着替えただけな感じだけど。
「ほわぁ……」
「えっと、治療開始していいですか?」
「あ、はい。お願いします」
なんだか気の抜けた声を上げていた看護婦さんに聞くと頷きを返してきたので、俺はゆっくりと眠る青年の元へと歩み寄る。
青年に苦し気な気配はない。適合者だからといって痛みを感じないわけではないので、鎮痛剤が聞いているのだろうか? 何にしろ、早く治してあげないとな。
事前検証で確認してあるんだが、服越しからだと回復は上手くできない。変身後のスーツとかの上からとかマシン型の機体を直接修復できるのは、あれが自分の力と同種の存在だからだろうか。とにかく変身前の今の状態なら直接触れる必要があるんだが……両腕両足はギプスを付けられてるから肌が露出してないんだよな。ん-……まぁ首から上は出ているから、首でいいか。
俺は首元の肌にそっと触れて、言葉を発する。
「
……力を行使したが、外見上の変化は見えない。まぁ外傷はないからな。ただ体から力が抜けていく感覚はるので、治療は進んでいるのだろう。
そのまま俺はしばらく黙って治療を行う。一度力を発してしまえば、俺に特にする事はないからな。
そうして、数十秒程たった頃だろうか。体から力が抜けていく感覚が止まった。恐らく完治できたのだろう。俺はゆっくりと手を離そうとして……目が合った。
青年が目を覚ましたのだ。……これもしかして、傷を回復するのと同時に薬の効果も消しちゃったりするのか? わからんが。
目が合ったことで、俺は動きを止めてしまった。このタイミングで目を覚ますとは思っていなかったので。それから少し考えて、俺は口を開いた。
「……痛みはないですか?」
青年は何やら俺の事をじっと見ていたが、そう問いかけると笑って返事を返してきた。
「もう全然ないね。キミが治してくれたの?」
「ああ。えっと……」
「あ、大丈夫聞いてる聞いてる。フロイライン型の適合者の子だよね?」
成程、すでに話を聞いていたか。まぁずっと眠っていたのでなければEGFの人間が説明はしてくれているだろう。俺は頷きを返す。
「すごいんだな。腕とかもがっつり折れてたハズなのに動かしてもなんともねーや」
青年は右腕を上げて見せる。確かにもう問題はなさそうだ。これで俺の役目は終わりだな。とりあえず変身解くか。
「ロゾナ」
体が一瞬光に包まれ、ドレス姿から元の服に姿が切り替わる。この用件が終わったらそのまま出勤するつもりだったので、下は女性用のスーツ姿だ。……うちの会社女子社員はある程度カジュアルな恰好でもいいんだけど、ぶっちゃけスーツの方が楽でいいんだよな、何も考えずにいけるから。女性歴短い俺にとっては毎日来ていく服を考えるのとかしんどいんだよ……。
ふう、とひとつため息を吐いて青年に視線を戻すと、青年が目を見開いてこちらを見ていた。
目の前で変身したからか? だけど彼も同じ適合者だ、変身なんか見慣れてるのでは?
「変身解いても、その外見なんだね」
「ああ。フロイライン型の変身はさっきのドレスだけなんだ」
変身前の状態がすでに変身状態ではあるんだけど。
「ねぇ、名前を聞いていい?」
「うん? ああ、私は時塚 静だ」
「俺は八雲 慎一。慎一でいいよ」
「はぁ」
随分フレンドリーな奴だな? まあいいが。
「それじゃ、八雲君。私は仕事に行くからこれで失礼するよ。お大……」
「あ、ちょっとまって時塚ちゃん!」
別れの言葉を告げて立ち去ろうとしたら言葉を被せられた。というかちゃん呼びとか……まぁ外見だけみたら高校生くらいだから、年下かと思ったのかもしれないが。
体を翻した俺は彼の言葉に足を止めると、八雲は畳みかけるように言ってくる。
「時塚ちゃん、俺お礼がしたいんだけど! 退院したら飯でも食いにいかない?」
──別に今回のは仕事の一貫だ。お礼を貰うほどでもない。それに距離の問題もあるので俺は首を振る。
「私はこの辺りの人間じゃないし、あくまでEGFの依頼で来ただけだから気にしなくていいよ」
「いやいや、そんな事言わずに!」
うん?
ああ、これ純粋な感謝の心じゃないな?
一応これでも三十年以上の人生経験持ちだ。相手がなんらかの下心を抱いているときはなんとなくわかる。彼の場合わかりやすいしな。そういった類の下心を向けられた事自体は勿論ないけれども……
俺は一つ小さくため息をついて、八雲君に言う。
「えっと、聞いてないかな? 俺、中身は男なんだけど」
普段の癖で仕事の時や面識の薄い相手には”私”を使う事から、もしかしたら見たままの性別をしているのかと思ったんだけど。八雲君は首を振る。
「いや、メディアで発表されてたし知ってるよ。さすがにこんなに可愛い子だとは思ってなかったけど」
「だったら」
「いや、だってどっからどう見ても女の子じゃん? だったら女の子扱いしなきゃいけないでしょ?」
そんな事はないと思うぞ? 少なくとも俺自身が望んでないから。
その後、なかなか引いてくれない彼をなんとか説得して俺は帰路に着いた。まだ彼が動けない状態で良かったな。
はぁ……なんか
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