お嬢様は歌う

祝福ブレスの発動条件。それは歌だった。


口から流れ出す旋律に力を乗せて、歌う歌。


歌を歌う時思い浮かべた人たちにその声が届いた時、同時にその者達は祝福を受ける。


歌う歌はなんでもいいらしい。ので、選んだ歌は若い頃から持ち歌としている歌いなれた歌だ。……男性ボーカル曲で歌詞もリズムも完全に覚えている歌だけど、口から洩れる声質は全く別物だからちょっと違和感を感じる。今口から流れ出る歌声は、聞きなれた低い男声ではない透き通った綺麗な女性の歌声だ。自分の声ではなく、女性シンガーのカバー曲を聞いているような感覚がある。


ちなみにどういう仕組みなのかは不明だが、ちゃんと旋律が乗っていないと発動しない。適当な鼻歌レベルでは発動しません。本当に謎パワーだよな……


ちなみに謎パワーは別の所にも働いて、今俺が歌っている歌は拡声器を使っているわけでもないのにかなり広範囲まで聞こえているらしい。一応自分の方で意識してその範囲を狭めることはできるけど、今は制限はせず最大限の範囲に届くように歌を歌っていた。離れた位置にいる源次さんにも歌──いや、力を届けるためだ。


同時に俺は正面の偵察型にまとめた剣の束を叩きつけ、ダンゴムシとは逆方向に吹っ飛ばしてから、後方へ大きく下がる。ぶっちゃけ全力で歌を歌いながら戦闘するなんて器用な前は俺にはできない。幸い、他に手が空いたメンバーがいるので、俺は歌に専念する。基本この能力を発動した時は俺は前衛から外れるのは当初から相談済みだ。


それに、別の理由もある。


口から旋律が漏れ出るたびに、体から力が抜け出ていくことを感じる。この力、他の能力に比べて圧倒的に消耗が激しいのだ。だから普段使いはできない。


そのかわり効果は強力だ。


戦場、俺達のいる場所より外側に向けて光が走る。先ほど俺が剣で偵察型を吹っ飛ばした方角だ。そちらへむけて放たれた光──源次さんの狙撃が、見事に偵察型の体を捉え、


パァン、と音が聞こえそうな勢いで、偵察型の体の三分の一くらいが弾け飛んだ。


『おう……改めて強力だな、お前さんの祝福ブレスは』


通信機から聞こえる源次さんの声。その声に対して歌っているために返事を返せない俺は、見えていないだろうけど頷きを返す。


先ほどの源次さんの一撃は周囲への影響を防ぐため明らかに出力範囲を絞ったものだった。なのにも関わらずこの威力だ。当然体の大部分を吹き飛ばされた偵察型はプルプルと体を震わせた後ゆっくりとその場に崩れ落ちた。


よし、残りはこれでダンゴムシのみだ!


尤もそのダンゴムシも、もうカタがつきそうな気配があるが。


先ほどまではその硬さにてこずっていたのに、今俺の眼前にある光景はそれはただの幻像だったかと思わせるような光景だった。


ダンゴムシを抑え込んでいる翼ちゃんの機体がベアハッグをするように両腕に力を籠めると、べきべきという音と共に奴の硬い体がひしゃげていく。


そして先ほどは弾かれていた長船さんの拳はいともたやすくその甲殻を貫いていた。


……自分でやってることなのでアレだが、マジでこの能力はヤバいよな。


能力アップさせるこの能力だが、さすがに2倍とまではいわないものの1.1倍とかそんなしょっぱいレベルの強化ではない事は確認済みだ。一応強化のレベルは確認済みで、強化レベルが範囲と同様自分で制御できるのも確認済み。当然強い強化をすればこっちの負担も大きくなるんだが、俺は今回は今の自分で最大限できる範囲の強化をかけていた。その分ガンガン疲労を感じてきているが……


その効果が目に見えて凄すぎる。さっきまではヒビを入れるのが精いっぱいだったのに、今はせいぜいベニヤ板くらいの強度にしか見えない。あくまで強化だからベースに二人の攻撃力があってのものだが、それにしたって強化されすぎである。わかっていたこととは言え実戦で使う事は初めてだから、その光景に自身の眼を疑う。


そんな間にも、先ほどまであれほど強固だったダンゴムシの姿はボロボロになっていく。そして歌詞の一番を歌い終えるどころかサビに入る前にはダンゴムシは無残な姿と共に断末魔の悲鳴を上げて、


「よぉぉぉぉぉぉしっ!」


合わせて長船さんが腕を突き上げ勝鬨の声を上げるとともに、体のあちこちから体液らしきものを流したダンゴムシの巨体が地面へと崩れ落ちた。


これで、動いている怪物達は一体もいなくなった。


「静ちゃん、もういいよ!」


突き上げた腕を降ろした長船さんがこちらを振り返って駆けて来た言葉に、俺は歌を止める。すると途端に全身に脱力感が襲い、すとんと地面に腰を落としてしまった。


自然とアヒル座りと呼ばれる女の子がする足を開いた座り方になってしまったため、お尻が下着越しに直接地面に触れてひんやりとした感触に包まれたが、そんな体勢を治す気もしない。


うわ、範囲、効果を両方とも全開にして使うとこんなに疲労するのか……歌ってるときも疲労を感じていたが、歌い終わった時の疲労感は更にヤバい。これは全開は多用はできないな……使用した後はこれ完全に戦力外になりそうだ。ただそれだけの効果は確実にあるから、正に切り札って感じだな。


ヒーロー志望だった身としては、切り札といえば強烈な一撃を使いたかった気持ちはあるけど……それでもやはり切り札という言葉にはゾクゾクする感じはあるね。男として。


まぁ今は情けなくへたり込んでいるだけだけど。


「大丈夫かい?」

「あ、大丈夫です。ちょっと疲れただけで」


地面にへたり込んだ俺を心配してか、長船さんがこっちに駆け寄ってきて手を差し伸べてくれた。俺はそんな彼女に答えつつ手を借りて立ち上がるが、その途中でガクンと膝から力が抜け、またペタンと地面に座り込んでしまう。


「あっ……」

「厳しそうだね」


長船さんの言葉に、俺はこくんと頷いた。ちょっとすぐには立てなさそうだ。


「私がお兄さん運びましょうか?」

「いや、今EGFから連絡入ったけど、ダンゴムシの一部を緩衝区域まで運んで欲しいって」

「あー……了解」


長船さんの言葉に、翼ちゃんの機体が頷いた。今回初出現の怪物を分析するためにその組織が欲しいのだろう。ここまではEGFの人間はこれないから、緩衝区域まで運ぶ必要がある。そしてその役目は体躯の大きい機体に機乗した翼ちゃんが適任だろう。


「あと、開拓型の方は念入りに処理してだって」

「それも了解」


これに関しては、基本的な事項だから全員認識済だ。曲がりなりにも開拓型が実は生きていたとかになると、面倒な事じゃすまされない。


「それじゃ私は開拓型を完全に処理してからダンゴムシ抱えて戻るよ。二人は先に戻ってて。源次さんもお疲れ様ー」

「悪いけどお願いね、翼ちゃん」

『了解だ』

「ごめんな翼ちゃん、ちょっと修復リペアする余裕がない」

「大丈夫ですよ、お兄さん。これくらいならなんともないです」


所々ダメージが見える機体が、こちらに背を向ける。

本来なら回復させてあげたいけど、その余力が俺にはない。


戦いが終わった後、回復もさせられないとか正直情けない。力を無駄遣いしないようにする事は俺の今後の課題だな。


「それじゃ静ちゃん、アタシらも帰ろうか」

「了解です……って、えっ、ちょっと長船さん?」

「立てないんでしょ、無理しないでじっとしてなさいな。こらじたばたしない」


突然長船さんが俺の横に腰を降ろしたと思うと、有無をいわせない強い力で一気に抱きかかえられた。背中と膝裏に手を回されて抱きかかえられる恰好。


いやいやいや、これお姫様抱っこって奴じゃないか!


さすがに恥ずかしさが出てきてバタバタと体を動かすが、長船さんはびくともしない。むしろぎゅっと強く抱き寄せられた。


「このまま運んで上げるから大人しくしてな」


その後せめておんぶにと懇願する俺の言葉は無視され、緩衝区域のEGFの車両の元まで俺はそのまま運ばれる事になった。


……まさかこの年になってお姫様抱っこで運ばれる事になるとは思わなかったよ……






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